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嫉妬 ~堅くして陰府にひとし~
これだけ大きな惨事があったのだ。エリオットさんの訪問も一旦延期となってすぐに王都に戻った私達は、それぞれの対応に追われる事となる。と言っても私は怪我の療養。普段王都に帰ってきた時と変わりなく、ライトさんのところにお世話になっていた。
「お口に合いますでしょうか~?」
ベッドで食事を頂くというのはなかなか新鮮だと思う。私は無言でこくこく頷いて、目の前の雑炊を口の中に必死に運んでいた。ジンジャーの効いたそれは、お腹まで届くとほこほこ体を温めてくれる。
私の食べる様子を金の瞳で満足げに見てから、レフトさんはお代わりの入った土鍋をベッドの横に置いて部屋から出て行った。あんまり好きじゃない韮も美味しいです。
療養中とは思えないほどの食欲で、私はお代わり分も全て平らげてから体を横に倒した。
ふぅ、と一息吐いてまたぼーっと体を休める時間を再開させる。かなり暇だった。
そこへ私の暇な時間を一転させる人物が尋ねてくる。
先程出て行ったばかりのレフトさんがバタンと戸を開けて戻ってきて、相変わらずののんびりフェイスでこう言った。
「クリスさん、お知り合いの方が訪ねて来てますわ~。どうします~?」
訪ねてくるような知り合いなど、あまり居ないのだが……
「ん、誰でしょうね。通してください」
「わかりました~」
とてとて、と慌ただしいようで慌ただしくなく去って行くレフトさん。少ししてから今度はちゃんとノックの後に部屋のドアが開く。
見覚えの無い容姿の青年に、私は一瞬固まった。けれど、一つの大きな特徴だけが、私に彼の名前を思い出させてくれる。
「えっと、フォウさん……ですよね?」
「良かった、名前覚えててくれたんだ」
にこっと笑ったその顔は、かつての面影は……あると言えばあるのだけれど、体格のせいかすぐには分からなかった。
彼の額にもう一つの目が無ければ、間違いなく『どなたですか』と聞いてしまっていただろう。
「随分身長、伸びましたね」
当時は私と変わらないくらいだったのに、今室内で立っている彼はエリオットさんと同じくらいの背丈があるように見える。顔立ちも完全に大人のそれ。幼さは全く残っていない、男の子ではなく、男の人になっていた。
「そうだね、でもクリスは全然変わってないや」
ははは、と私が気にしている事をあっさり言ってくれるフォウさん。突然の訪問者に私は少しだけ体を起こして対応する。
「お久しぶりですね、どうしたんです?」
「特別な用は無いよ。よく噂を聞いてるし王都に来たついでに城を訪ねてみたら、ここに居るって言われてお見舞いに」
そう言って、またにこっと笑う。屈託の無いその笑顔は、悪戯っ子だったあの頃と全く一致しない好青年のものだった。
「噂、そんなに聞くんですか……」
自分は思っていたよりも有名らしい。
「そりゃもう」
にこにこしたまま、肯定する彼。
「各地で話を聞くよ。大抵はあの性悪王子様が可愛い男の子を連れている、ってね。特徴を聞くとクリスっぽかったから、おかしかったなぁ」
思い出したようにくすくす笑う。失礼な内容のはずなんだけれど、何故か厭味な印象を受けないのは、彼の笑い方がエリオットさんとは違ってとても綺麗だからかも知れない。
こんな風に人は成長するものなのか、とびっくりしてしまう。
「それはさておき」
笑っていた顔をぴたりと真剣なものに変えて、フォウさんがじっとこちらを見つめた。
「な、何でしょう?」
「一体何があったらそんな事になるのかな」
ど、どの事を指しているんだろう。怪我かな?
「この怪我ですか? ちょっと大きい竜と格闘しまして……」
言いかけた私を遮って、またフォウさんが少し強く言う。
「違うよ、外じゃなくて中身。大丈夫? 何か凄いんだけど」
「中身が凄いって……特に怪我以外に何も無いですよ私」
大人になっても相変わらず不思議な事を言う人だった。彼の目には一体何が見えているのか、中身と言われたのでぺたぺたとお腹の傷のあたりを触って確認するが、やはり怪我以外には何も分からない。
フォウさんはベッドの横にある椅子を少し引いて腰掛けると、その端整な顔を渋い表情にして、何か考えながら私の体を見つめていた。
「うーん、食べられるかなぁ」
な、何か怖い事言ってる、この人。
「お口に合いますでしょうか~?」
ベッドで食事を頂くというのはなかなか新鮮だと思う。私は無言でこくこく頷いて、目の前の雑炊を口の中に必死に運んでいた。ジンジャーの効いたそれは、お腹まで届くとほこほこ体を温めてくれる。
私の食べる様子を金の瞳で満足げに見てから、レフトさんはお代わりの入った土鍋をベッドの横に置いて部屋から出て行った。あんまり好きじゃない韮も美味しいです。
療養中とは思えないほどの食欲で、私はお代わり分も全て平らげてから体を横に倒した。
ふぅ、と一息吐いてまたぼーっと体を休める時間を再開させる。かなり暇だった。
そこへ私の暇な時間を一転させる人物が尋ねてくる。
先程出て行ったばかりのレフトさんがバタンと戸を開けて戻ってきて、相変わらずののんびりフェイスでこう言った。
「クリスさん、お知り合いの方が訪ねて来てますわ~。どうします~?」
訪ねてくるような知り合いなど、あまり居ないのだが……
「ん、誰でしょうね。通してください」
「わかりました~」
とてとて、と慌ただしいようで慌ただしくなく去って行くレフトさん。少ししてから今度はちゃんとノックの後に部屋のドアが開く。
見覚えの無い容姿の青年に、私は一瞬固まった。けれど、一つの大きな特徴だけが、私に彼の名前を思い出させてくれる。
「えっと、フォウさん……ですよね?」
「良かった、名前覚えててくれたんだ」
にこっと笑ったその顔は、かつての面影は……あると言えばあるのだけれど、体格のせいかすぐには分からなかった。
彼の額にもう一つの目が無ければ、間違いなく『どなたですか』と聞いてしまっていただろう。
「随分身長、伸びましたね」
当時は私と変わらないくらいだったのに、今室内で立っている彼はエリオットさんと同じくらいの背丈があるように見える。顔立ちも完全に大人のそれ。幼さは全く残っていない、男の子ではなく、男の人になっていた。
「そうだね、でもクリスは全然変わってないや」
ははは、と私が気にしている事をあっさり言ってくれるフォウさん。突然の訪問者に私は少しだけ体を起こして対応する。
「お久しぶりですね、どうしたんです?」
「特別な用は無いよ。よく噂を聞いてるし王都に来たついでに城を訪ねてみたら、ここに居るって言われてお見舞いに」
そう言って、またにこっと笑う。屈託の無いその笑顔は、悪戯っ子だったあの頃と全く一致しない好青年のものだった。
「噂、そんなに聞くんですか……」
自分は思っていたよりも有名らしい。
「そりゃもう」
にこにこしたまま、肯定する彼。
「各地で話を聞くよ。大抵はあの性悪王子様が可愛い男の子を連れている、ってね。特徴を聞くとクリスっぽかったから、おかしかったなぁ」
思い出したようにくすくす笑う。失礼な内容のはずなんだけれど、何故か厭味な印象を受けないのは、彼の笑い方がエリオットさんとは違ってとても綺麗だからかも知れない。
こんな風に人は成長するものなのか、とびっくりしてしまう。
「それはさておき」
笑っていた顔をぴたりと真剣なものに変えて、フォウさんがじっとこちらを見つめた。
「な、何でしょう?」
「一体何があったらそんな事になるのかな」
ど、どの事を指しているんだろう。怪我かな?
「この怪我ですか? ちょっと大きい竜と格闘しまして……」
言いかけた私を遮って、またフォウさんが少し強く言う。
「違うよ、外じゃなくて中身。大丈夫? 何か凄いんだけど」
「中身が凄いって……特に怪我以外に何も無いですよ私」
大人になっても相変わらず不思議な事を言う人だった。彼の目には一体何が見えているのか、中身と言われたのでぺたぺたとお腹の傷のあたりを触って確認するが、やはり怪我以外には何も分からない。
フォウさんはベッドの横にある椅子を少し引いて腰掛けると、その端整な顔を渋い表情にして、何か考えながら私の体を見つめていた。
「うーん、食べられるかなぁ」
な、何か怖い事言ってる、この人。
更新日:2012-09-26 23:23:06