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挿絵 400*400

 変化出来るおかげで滅多に怪我をしない私だが、実はデメリットもある。それは、エリオットさんがあれから習得した、レクチェさんのような魔力で傷を癒すような技や、一般的な治療魔術が私には全く効果が無い事だ。
 多分本質的なところで他の人間と、私とで全く構造が違うせいなのだろう。神が創り出した生物と、女神が生み出した生物と、その壁はこういった些細な部分でも実感させられる。

「そうさせて貰いますかね」

 私は包帯でぐるぐる巻かれた体をさすりながらもう一度寝直した。

「長は、自分の差し金では無い、の一点張り。自分は被害者だって喚いてたよ、竜殺しのクリス君っと」

「まぁ、そう言うしか無いでしょう……って?」

 何ですか、その二つ名みたいなアレ。

「王子の御付きの少年が、大型竜を素手でぶん投げた上に光る剣で討ち取った、とさ。良かったな、前の噂なんて吹き飛ぶくらいインパクトあるだろコレ」

「あぁ……」

 あんな人が沢山居る中でやれば、たちまち噂は広がるだろう。遠くの山で起こった出来事ではなく、街中での事なのだから。
 しかしどちらにしても噂の中の私は、少年だった。折角内容が変わっても気分的にはあんまり意味が無い。

「いやもう大型竜を一人で殺すとか、人間離れしていくのやめてくれよな! 笑いがとまんねーよ!」

 わはは、と笑いながら私を馬鹿にするエリオットさん。したくてしているわけでは無いというのに。
 私は少し不機嫌になりながらも、あの時の状況を思い返して彼に報告した。

「竜には、正直やられる寸前でした。けれど急に手の中、というか目の前というか、赤い剣が現れてその剣が竜を刺したんですよ」

「あぁ、そこにある剣か? でもあれ、精霊武器じゃないだろ。ヨシュアが普通に運んでたからな」

「やはり違うんですか……何が何だかさっぱりです」

 そして二人で大きく溜め息。
 エリオットさんは前髪を軽く掻き揚げて、私に言う。

「分からん事は考えても仕方無い。怪我を治す事だけ考えてろ」

 その言葉に無言で私は頷いた。

   ◇◇◇   ◇◇◇

 そこは小さな事務所のような一室。随分と荷物が散乱していて汚れている中、本を持ったメイド服の女が疲れた顔をして口を開く。

「取ってきたわよ。燃える寸前だったんだからね」

「うおおお、ありがとおおおルフィーナぁぁぁ!!」

 そう言って抱きつこうとする黒髪の青年を、すかさず避ける東雲色の髪のエルフ。その赤い目は冷たく彼を流し見ていた。
 彼女に避けられたフィクサーは、しょんぼりと肩を落として、すごすごと自分の定位置であるプレジデントチェアに戻って座る。そして彼女の手から一冊の古びた本を受け取ると、嬉しそうに中身をぱらぱらとめくる。

「うん、読めない」

 読むのを断念して、彼はぱたんと机の上に本を置いた。そこへ妹と同じ赤い瞳を彼に向け、口を開くセオリー。

「私達が読めるならばわざわざお嬢の手を借りないでしょう」

「そうなんだけどまぁ、一応試してみたいものじゃないか」

 ばっさりと切ろうとするセオリーに、小さな抵抗を見せるフィクサー。その黒い瞳は泳いでいる。
 そんな二人の気の抜けるようなやり取りを、ルフィーナは複雑な面持ちで見ていた。こうしていれば昔と変わらないのに、目的の為に選ぶ手段は度が過ぎている。

「これで、レクチェには手を出さないでくれるのよね」

「あぁ、そもそも必要が無くなる」

 裏切る可能性のある彼女にはあまり情報が与えられていない。
 今回はとある本の場所を聞かれ、元々王国一の図書館に在籍していたルフィーナはさくっと目星をつけて盗りに行っただけの話なのだ。
 本の内容からして図書館や城に献上されるべき物なのだが、それがされていないのであればすぐに東にあると断定出来る。無論、そのくらいのランクの本であればそれなりの地位の人間が保管していると推測出来た。至極簡単な推理。
 しかしこんな本を使って彼等は何をするのか。フィクサーの言う、レクチェを必要としなくなる程の価値はそこの本自体にあるとは思えない。ただの古い文献でしか無いのだから。

「必要が無くなる、ねぇ……」

 疑いの目を彼等に向けると、フィクサーは面白いくらいに挙動不審に反応して口笛を吹き、セオリーはそんなフィクサーをおかしそうに見ている。

「何たくらんでんのよ、アンタ達」

『楽しーいー仲間ーがー、ぽぽぽぽーん☆』

「あぁもう苛々するッ!!」

 異母兄であるセオリーを叩けないルフィーナは、フィクサーだけを思いっきりどついてやった。彼女に挨拶の魔法は通じなかったようである。

   ◇◇◇   ◇◇◇

【第二部第二章 女神の末裔 ~目覚めた内なる刃~ 完】

更新日:2012-09-22 01:42:25

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