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モルガナでもいつもの様にまずはこの地を治める長に挨拶へ向かう。護衛としては異質な容姿である私を、小太りなモルガナの長は濁った目で見下げて笑った。
「お噂通りの護衛を連れておいでですなぁ」
「へぇ、どんな噂なんだ?」
どこか小馬鹿にしたような長の物言いに、エリオットさんも彼に対しふんぞり返るくらい見下ろすようにして返事をする。
「いつまでも婚姻の儀も済ませずに美しい少年を連れ歩いている、王子はそういう気がある、と」
ホホホホッ、とくぐもった汚らしい笑いでエリオットさんを完全に馬鹿にした発言。私ではなく別の従者が先に頭に血が昇り、剣の柄に手を掛けたところを王子がそれを制した。
「目が悪いんじゃねえのか、魚みたいな目ぇしてっからなぁお前。あれは女だ。しかもお前んとこの兵がどれだけ集まろうとも一人で片付けちまえるくらいの腕っ節の、な」
自分の過去の大間違いは棚に上げて、高笑い。しかしそんな事をモルガナの長が知るはずも無く、口先の勝負で完全に負けた彼は、右手で己の横腹を掴みながら体を戦慄かせる。
友好的な街の方が多いのだが、東の地は目だった特産物が無いせいか軽視されがちであまりエルヴァンの目が行き届いていない。故に無駄とも言える大陸統一に不満を抱いている者が多数居る。訪問がどうしても他よりも後回しになってしまうのはそのせいでもあった。
東の一番の都市であるモルガナでコレなのだ、他の街もあまり良い期待は出来なさそうである。
「普段以上に気を張った方が良さそうだね」
先程剣を振るいそうになった従者のガウェインが街を歩きながらひそひそと私に耳打ちした。
「確かに、別に戦争になっても構わないくらいの意志があったようには見えました」
「王子が何て国に報告するのか見ものだこりゃあ……ッ!」
少し色黒の顔に生傷が耐えない、ツンツンした濃いオレンジの髪から茶色の獣耳をぴょこんと出した青年が若干不謹慎な事を言っている。
その獣耳はライトさんやレフトさんよりもやや頭の高い位置にある為に、帽子でも被ってしまえばヒトと変わらぬ外見のガウェインは、私より少し年上なだけでかなり若い狼の獣人だ。
だがそれも同行者として選ばれるだけの腕があっての事。年齢で判断してはいけない……のだけれど、喧嘩っ早いというか血の気が多いというか、いつも真っ先に怪我をするのが困りものだった。
エリオットさんはもう一人の従者であるヨシュアさんを連れて私達の少し先を歩いている。エリオットさんが何か口にするたびにヨシュアさんが筆記をしていき、とりあえず今日の分は終わったらしい。
モルガナの長によって用意された住居は、使われていない街の端の一軒家。この待遇もかなり有り得ない。
別に欲しいというわけではないが、しばらく世話になるのであって、それなのに王子にメイド一人もつけないとかすんごい暴挙だと私でも分かる。
「ふっ、流石は東、と言ったところですね王子」
ガウェインが上半身裸で腕立て伏せをしながら話す。
小さなリビングに集まって私達は今日の不愉快さについて語り合っていた。
限りなく銀に近い、薄いブロンドの髪を背中で三つ編みに結ったヨシュアさんは、会話に参加する事無く、今日走り書きした文面を丁寧に整えている。
「大方予想は出来ていたけどな。つーか暑苦しい! やめんか!!」
私も無言でエリオットさんに同意して頷いた。暑苦しい。
エリオットさんはとりあえずガウェインに突っ込んでから、テーブルの上のサーモンロールをつまみにして白ワインを口に含む。
ちなみに夕食を作ったのはエリオットさんなので、従者が三人居ておきながらこれはこれですんごい暴挙だと、やっぱり私でも分かった。
私も一緒になってもぐもぐもぐと残りのサーモンロールを一気に平らげてから口を開く。
「あれじゃあ宣戦布告のようなものですから、本当に気をつけないといけないかも知れませんよ」
「そう思うよなー! ふんっ!」
腕立て伏せをしていたところを最後に大きくバック転をして、ガウェインのトレーニングは終了した……多分。
いつもとは違う波乱の予感に、少しだけ空気が重くなる。
「もし反乱を起こす気なら、のこのこやってきた俺を捕まえて人質にするのが楽に見えるからな」
「まぁ、見えるだけですけどね」
「クリスさんに喧嘩売るだなんて真似、俺なら恐れ多くて出来やしないよ」
もふもふと自分の尻尾を触りながら私を褒め持ち上げる、狼の獣人。
警戒をしているつもりでも、出来るものならやってみろ、そういう過信がこの時の私達にはあった。
夜は更けていく。
「お噂通りの護衛を連れておいでですなぁ」
「へぇ、どんな噂なんだ?」
どこか小馬鹿にしたような長の物言いに、エリオットさんも彼に対しふんぞり返るくらい見下ろすようにして返事をする。
「いつまでも婚姻の儀も済ませずに美しい少年を連れ歩いている、王子はそういう気がある、と」
ホホホホッ、とくぐもった汚らしい笑いでエリオットさんを完全に馬鹿にした発言。私ではなく別の従者が先に頭に血が昇り、剣の柄に手を掛けたところを王子がそれを制した。
「目が悪いんじゃねえのか、魚みたいな目ぇしてっからなぁお前。あれは女だ。しかもお前んとこの兵がどれだけ集まろうとも一人で片付けちまえるくらいの腕っ節の、な」
自分の過去の大間違いは棚に上げて、高笑い。しかしそんな事をモルガナの長が知るはずも無く、口先の勝負で完全に負けた彼は、右手で己の横腹を掴みながら体を戦慄かせる。
友好的な街の方が多いのだが、東の地は目だった特産物が無いせいか軽視されがちであまりエルヴァンの目が行き届いていない。故に無駄とも言える大陸統一に不満を抱いている者が多数居る。訪問がどうしても他よりも後回しになってしまうのはそのせいでもあった。
東の一番の都市であるモルガナでコレなのだ、他の街もあまり良い期待は出来なさそうである。
「普段以上に気を張った方が良さそうだね」
先程剣を振るいそうになった従者のガウェインが街を歩きながらひそひそと私に耳打ちした。
「確かに、別に戦争になっても構わないくらいの意志があったようには見えました」
「王子が何て国に報告するのか見ものだこりゃあ……ッ!」
少し色黒の顔に生傷が耐えない、ツンツンした濃いオレンジの髪から茶色の獣耳をぴょこんと出した青年が若干不謹慎な事を言っている。
その獣耳はライトさんやレフトさんよりもやや頭の高い位置にある為に、帽子でも被ってしまえばヒトと変わらぬ外見のガウェインは、私より少し年上なだけでかなり若い狼の獣人だ。
だがそれも同行者として選ばれるだけの腕があっての事。年齢で判断してはいけない……のだけれど、喧嘩っ早いというか血の気が多いというか、いつも真っ先に怪我をするのが困りものだった。
エリオットさんはもう一人の従者であるヨシュアさんを連れて私達の少し先を歩いている。エリオットさんが何か口にするたびにヨシュアさんが筆記をしていき、とりあえず今日の分は終わったらしい。
モルガナの長によって用意された住居は、使われていない街の端の一軒家。この待遇もかなり有り得ない。
別に欲しいというわけではないが、しばらく世話になるのであって、それなのに王子にメイド一人もつけないとかすんごい暴挙だと私でも分かる。
「ふっ、流石は東、と言ったところですね王子」
ガウェインが上半身裸で腕立て伏せをしながら話す。
小さなリビングに集まって私達は今日の不愉快さについて語り合っていた。
限りなく銀に近い、薄いブロンドの髪を背中で三つ編みに結ったヨシュアさんは、会話に参加する事無く、今日走り書きした文面を丁寧に整えている。
「大方予想は出来ていたけどな。つーか暑苦しい! やめんか!!」
私も無言でエリオットさんに同意して頷いた。暑苦しい。
エリオットさんはとりあえずガウェインに突っ込んでから、テーブルの上のサーモンロールをつまみにして白ワインを口に含む。
ちなみに夕食を作ったのはエリオットさんなので、従者が三人居ておきながらこれはこれですんごい暴挙だと、やっぱり私でも分かった。
私も一緒になってもぐもぐもぐと残りのサーモンロールを一気に平らげてから口を開く。
「あれじゃあ宣戦布告のようなものですから、本当に気をつけないといけないかも知れませんよ」
「そう思うよなー! ふんっ!」
腕立て伏せをしていたところを最後に大きくバック転をして、ガウェインのトレーニングは終了した……多分。
いつもとは違う波乱の予感に、少しだけ空気が重くなる。
「もし反乱を起こす気なら、のこのこやってきた俺を捕まえて人質にするのが楽に見えるからな」
「まぁ、見えるだけですけどね」
「クリスさんに喧嘩売るだなんて真似、俺なら恐れ多くて出来やしないよ」
もふもふと自分の尻尾を触りながら私を褒め持ち上げる、狼の獣人。
警戒をしているつもりでも、出来るものならやってみろ、そういう過信がこの時の私達にはあった。
夜は更けていく。
更新日:2012-09-20 23:48:25