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「で、どんな事したらあれだけぶち壊せるんだよ」
馬車が少し荒れた坂道を登り、お尻にあんまり心地よくない振動を響かせながら走る中、エリオットさんが品の無いにやにや顔を見せて問いかけてくる。
私はその向かいに座っており、そんな彼をちらりと一瞥してから視線を斜め下に戻した。
「いつも通りにしていただけなんですがね」
「まぁそうだな、いつも通りにされたら間違いなく貰い手も見つからねーわ!」
そう言う彼は、縁談をぶち壊された事を全く怒っていないようだった。当日の様子からしてもあまりエリオットさんは彼らを気に入っていなかったようだし、エリオットさんが立ち上げた話では無いのかも知れない。
「そういうエリオットさんこそ、どうだったんですか?」
話題を切り替えると、渋そうな様子の彼。
「……悪くない子が一人居た……けどその子に限って向こうが乗り気じゃなさそうだった」
「ふあはははは!!」
笑い死にさせる気ですか、この人は!!
敷かれたレールが嫌いなこの人が折角『悪くない』だなんてそりゃあもうOKに限りなく近い印象を抱いたというのに、よりによってその相手方が乗り気じゃないだなんてどんな確率だと言う話である。
「違う! あれは絶対他に好きな男が居る顔だった! 俺が悪いんじゃない!!」
「あーはいはい、そうですね、多分そうでしょうよ」
ふひー、っと口の中の空気を細く長く吐き出しながら、私は軽く返事をした。
ムキになって自分のプライドを護ろうとした彼は、私の態度に肩透かしを食らって外の景色に目を向ける。
今回の訪問先は東。
リャーマを通り越してまずは先にモルガナへ行き、帰りにリャーマも回るらしい。そんなエリオットさんの護衛は馬を走らせている男性騎士二人と……私。
実は私を訪問先へ連れていくのに最初は大きな障害があった。
私が一緒ではまたどこかに彼がふらふらと逃げてしまうかも知れない、と言うのと、私を連れて行くくらいならその分護衛を補填したい、とそういう言い分だ。
おかげで私はその減らした護衛分の働きが出来ると言う力を見せるために、上級兵士十人抜きを変化無しでやらされたのである。
ニールの居ない今、ごく普通の支給された槍で戦うのは流石に骨が折れると言うもの。変化無しでも力負けは滅多にしないけれど、戦っている最中に武器が折れてしまうのでなかなか進まなかったのが原因だった。
以前は普通の武器も扱えたのだが、今は加減をしないと壊してしまう。思いっきり戦える物が欲しいと訴えた結果、特殊な鉱石で造られた剣がレイアさんから授けられた。
慣れない長剣に戸惑いつつ、それでも特に困るような強敵が来ないのでどうにかなっている。
「このあたりに来ると、ルフィーナさんとレクチェさんを思い出しますね」
頬杖をついて、私は赤い瞳のエルフと金色の天使を想う。
「そうだな……」
考えたくもない事を思い出させてしまっただろうか、彼の表情に曇りが見えた。
「覚えてます? 自称四つ目の男の子」
「あぁ、ルドラの民のガキか。それがどうしたんだ?」
「彼ね、ルフィーナさんによくない事が起こるから近くに居てやれって私に言ってたんです」
エリオットさんは黙って聞いている。静かに私はその先を続けた。
「けれど私は何度も離れてしまった……もし私が目を離したせいでルフィーナさんに何かが起こって消息が途絶えてしまったのだとしたら……」
私の懺悔のような呟きに、彼は軽く鼻で笑う。
「ずっと見てるなんて無理なんだから、お前のせいじゃねーよ。自分の身も護れないアイツが悪い、気にすんな」
「そんな風に割り切れませんよ」
折角慰めて貰ったのに、それを無下にするように私は否定した。
「レクチェさんだって、あれだけ啖呵を切ったのに結局ルフィーナさんが危惧していた通りの結末にさせてしまった……」
喉の奥から搾り出すように、言葉を紡ぐ。
言ったからどうと言うわけではない。これはこの地で感傷に浸った私が言いたくなってしまっただけの戯言。
今の私は黒い法衣を身に纏い、以前とは違う信仰の元に居た。小悪党を刃物で躊躇いもなく斬って受ける返り血はこの服では目立たない。
この黒い服を着た私にとっての唯一は、今は護衛対象である王子……エリオットさんそのもののようで。それくらい、今の私の世界は酷く狭かった。
更新日:2012-09-20 23:43:48