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「あ、エリオットさん!!」
俺に気がついたらしいクリスが席を立って大声で呼ぶ。それで更にざわめく周囲。それもそのはず、この場で俺を様付けせずに呼ぶだなんて、普通なら有り得ない。
当人も言った後に気がついたようで、すぐに肩をすくめて席に座り直し縮こまる。俺に道をあけるようにクリスに群がっていた連中も一歩下がった。
道を作られちゃったら行くしか無いよなぁ。周囲の視線を痛いほど感じながらも、俺はクリスに近づく。
「孫にも衣装だな」
「馬鹿にしてるでしょう、それ……」
短い髪なのに上手に上げて貰ったらしく、クリスの後頭部にはそれをまとめて飾るコサージュとウィッグ。白く上品なレースのブラウスと天色のブーケスカートの上にはそのスカートより少し薄い白藍のボレロ。ストッキングも細やかなレースがあしらわれていて、淡いホリゾンブルーのパンプスにはタンが柄を作るように丁寧に打ち込まれていた。
決して大人っぽいとは言えない、どちらかと言えば幼さを強調してしまう服装だったが、俺はそれよりもクリスの顔に目がいく。
「化粧でこうも変わるんだな」
ローズそっくりだぞ、と言いそうになるのを堪えた。雰囲気はクリスのソレそのもの。表情が違いすぎるし別人には違いない。
けれど、ローズがもし幼い表情を見せたならこうなる、そんな出来になっていたのだ。化粧恐るべし。
「顔に粉つけられるし、色々塗られるしで、何だか落ち着かないんです」
そう言って自分のほっぺたをつつくクリス。
ローズは女の敵が多そうなタイプだったが、クリスは多分違うのだろう。男は勿論、女ですらもこちらを見て優しい微笑みを向けている。胸が無いのが逆に周囲には控えめで好印象を与えるのかも知れない。
「何なら今すぐタオルで顔拭いてやろうか?」
「私に恥かかせたいんですかね」
クリスが唇を尖らせてふくれっ面になると、周囲がくすくすと笑う。馬鹿にする厭味な笑いではなく、微笑ましい、と。
「レイアから何で晩餐会に呼ばれたか、聞いたのか?」
「いえ、まだですけど……」
「そうか」
じゃあレイアに見合い相手を集めさせて、俺からクリスを紹介すればいいんだな。それで後は連中が競ってくれるだろう。
「ちょっとそこで待ってろ」
俺は周囲を見渡して、レイアを探す。
程なくして見つかったので俺はレイアにクリスの縁談の相手をどこかに集めるよう促した。
彼女は最初俺が近づいた時は何故か険しい顔をしていたが、俺の言葉を聞くなりその表情を緩めて、指示に応じる。
会場内で数人の男を集めて俺が話すのも目立つ、と、すぐ隣の空室に集められた縁談相手。俺は、何が何やらと言った表情のクリスを連れてその部屋に行った。
確かに写真で見た顔がそこには揃っていた。見目の悪い者はレイアが予め省いたのかも知れない、どれもなかなかの好青年。年は多分、全員十代だろう。
連れて来られたクリスを見て、目の色を変えていた。王族に取り入るチャンスとなる駒が、それに加えて容姿も良いのだ、食いつかないわけがない。
「一体何なんです? エリオットさん」
部屋の出口ではレイアが黙って見守っていた。
「……こいつらは、お前の縁談の相手なんだ」
「えっ」
急な事に戸惑うクリス。
「こちらの部屋にも食事を用意させましょう。今日はまずお互いの交流を深めて頂けたらと思います。後日お一人と正式なお付き合いをと思っておりますが、本日のうちに結論が出ても構いません」
レイアが淡々と説明をして、部屋を去った。
クリスはと言うと、とーっても挙動不審になっておろおろしている。そこへ早速自分を売り込もうと金髪碧眼の青年が一歩前へ出て優しく声を掛けてきた。
「そんなに恐がらなくても大丈夫ですよ、クリス様。私はブリック伯爵公家の……」
そこまでソイツが言ったところで俺は思わず口を挟む。
「爵位や家柄はどーでもいいんだよ、いいからクリスを楽しませてみろ」
俺に怒鳴られて肩を竦ませるその青年は、もうこの場で身動きなど出来る心情では無くなっているようである。つまり、一人脱落。
和やかな雰囲気などもはやどこにも無い。俺のせいで張り詰めた空気に変わる室内。
違うんだ、俺はクリスの相手をきちんと見定めたかっただけなんだ。
「……会話を続けていいぞ、お前等」
「いや、無理でしょう!!」
我に返って促す俺に、クリスが華麗に突っ込んだ。
【第二部 introduzione ~相変わらずな彼の視点~ 完】
俺に気がついたらしいクリスが席を立って大声で呼ぶ。それで更にざわめく周囲。それもそのはず、この場で俺を様付けせずに呼ぶだなんて、普通なら有り得ない。
当人も言った後に気がついたようで、すぐに肩をすくめて席に座り直し縮こまる。俺に道をあけるようにクリスに群がっていた連中も一歩下がった。
道を作られちゃったら行くしか無いよなぁ。周囲の視線を痛いほど感じながらも、俺はクリスに近づく。
「孫にも衣装だな」
「馬鹿にしてるでしょう、それ……」
短い髪なのに上手に上げて貰ったらしく、クリスの後頭部にはそれをまとめて飾るコサージュとウィッグ。白く上品なレースのブラウスと天色のブーケスカートの上にはそのスカートより少し薄い白藍のボレロ。ストッキングも細やかなレースがあしらわれていて、淡いホリゾンブルーのパンプスにはタンが柄を作るように丁寧に打ち込まれていた。
決して大人っぽいとは言えない、どちらかと言えば幼さを強調してしまう服装だったが、俺はそれよりもクリスの顔に目がいく。
「化粧でこうも変わるんだな」
ローズそっくりだぞ、と言いそうになるのを堪えた。雰囲気はクリスのソレそのもの。表情が違いすぎるし別人には違いない。
けれど、ローズがもし幼い表情を見せたならこうなる、そんな出来になっていたのだ。化粧恐るべし。
「顔に粉つけられるし、色々塗られるしで、何だか落ち着かないんです」
そう言って自分のほっぺたをつつくクリス。
ローズは女の敵が多そうなタイプだったが、クリスは多分違うのだろう。男は勿論、女ですらもこちらを見て優しい微笑みを向けている。胸が無いのが逆に周囲には控えめで好印象を与えるのかも知れない。
「何なら今すぐタオルで顔拭いてやろうか?」
「私に恥かかせたいんですかね」
クリスが唇を尖らせてふくれっ面になると、周囲がくすくすと笑う。馬鹿にする厭味な笑いではなく、微笑ましい、と。
「レイアから何で晩餐会に呼ばれたか、聞いたのか?」
「いえ、まだですけど……」
「そうか」
じゃあレイアに見合い相手を集めさせて、俺からクリスを紹介すればいいんだな。それで後は連中が競ってくれるだろう。
「ちょっとそこで待ってろ」
俺は周囲を見渡して、レイアを探す。
程なくして見つかったので俺はレイアにクリスの縁談の相手をどこかに集めるよう促した。
彼女は最初俺が近づいた時は何故か険しい顔をしていたが、俺の言葉を聞くなりその表情を緩めて、指示に応じる。
会場内で数人の男を集めて俺が話すのも目立つ、と、すぐ隣の空室に集められた縁談相手。俺は、何が何やらと言った表情のクリスを連れてその部屋に行った。
確かに写真で見た顔がそこには揃っていた。見目の悪い者はレイアが予め省いたのかも知れない、どれもなかなかの好青年。年は多分、全員十代だろう。
連れて来られたクリスを見て、目の色を変えていた。王族に取り入るチャンスとなる駒が、それに加えて容姿も良いのだ、食いつかないわけがない。
「一体何なんです? エリオットさん」
部屋の出口ではレイアが黙って見守っていた。
「……こいつらは、お前の縁談の相手なんだ」
「えっ」
急な事に戸惑うクリス。
「こちらの部屋にも食事を用意させましょう。今日はまずお互いの交流を深めて頂けたらと思います。後日お一人と正式なお付き合いをと思っておりますが、本日のうちに結論が出ても構いません」
レイアが淡々と説明をして、部屋を去った。
クリスはと言うと、とーっても挙動不審になっておろおろしている。そこへ早速自分を売り込もうと金髪碧眼の青年が一歩前へ出て優しく声を掛けてきた。
「そんなに恐がらなくても大丈夫ですよ、クリス様。私はブリック伯爵公家の……」
そこまでソイツが言ったところで俺は思わず口を挟む。
「爵位や家柄はどーでもいいんだよ、いいからクリスを楽しませてみろ」
俺に怒鳴られて肩を竦ませるその青年は、もうこの場で身動きなど出来る心情では無くなっているようである。つまり、一人脱落。
和やかな雰囲気などもはやどこにも無い。俺のせいで張り詰めた空気に変わる室内。
違うんだ、俺はクリスの相手をきちんと見定めたかっただけなんだ。
「……会話を続けていいぞ、お前等」
「いや、無理でしょう!!」
我に返って促す俺に、クリスが華麗に突っ込んだ。
【第二部 introduzione ~相変わらずな彼の視点~ 完】
更新日:2012-09-14 15:23:38