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第二部 introduzione ~相変わらずな彼の視点~

挿絵 400*400

「……っは、ぁ」

 がばっと体を起こして、目を覚ました。起き抜けと同時に全身から噴き出す汗。通常よりずっと早く鳴る鼓動に思わず胸を押さえて、それが整うのをしばらく待つ。

「ふぅ」

 額に張り付いた前髪を右手で掻き揚げると、隣で女の声がした。

「随分とうなされておりましたが、悪い夢でも見たのでしょうか?」

 俺がシーツを引っ張ってしまって肌蹴てしまった胸元を隠す事無く、枕に頭を乗せたままその金色の瞳をこちらに向ける彼女。
 俺は、この子誰だっけ、と思いつつもとりあえずその問いに返答した。

「よく覚えてないけど、いいもんじゃなかったかな」

 嘘。全部きっちり覚えている。
 今日の夢はジャイアントとクドゥクの戦争の一部始終だった。あの大きくて豪腕な種族がどうしてクドゥクなんて小柄な種族に負けたのか、無駄に夢で勉強した気分になる。まぁ、見た夢が真実なのであれば、だが。
 ただその夢は、結末以外は俺の知識には無いもので、且つ細部までリアルな映像として俺の頭に焼き付いて消えやしない。ジャイアントの千切られた肉片のえぐい色まで鮮明に覚えているのだ。

「そうですか」

 そう言って彼女は赤い髪を片側だけ耳に掛けて上半身を起こすと、俺の汗ばんだ頬を優しく撫でるように手で拭う。

「…………」

 彼女に顔を、首を、触らせながら俺は昨晩の事を思い起こそうとしているが、やっぱり全く記憶に無い。今居るのは城の自室の、自分のベッド。隣の女性をよく観察する事で俺は記憶を必死に辿った。
 少し釣り目の金の瞳に、胸より少し上まで伸ばした赤い髪、大人の女性らしさが伝わってくる落ち着きのある雰囲気と、芯が強そうで男勝りな表情。
 どストライクとまではいかないが、うん、俺の好みのタイプ。多分城内のメイドさんか何かをとっ捕まえて連れ込んだに違いない。
 彼女は俺の視線に気が付くと少し顔を赤らめてから切り出した。

「もうご支度なさいますか? 着る物を用意致します」

 ベッドから足を下ろし、まずは自分の身支度を整えてから用意をし始める彼女。その手際の良さから、やはりメイドだな、と俺は確信した。
 予めそういう役割と決まっている女性ならまだしも、そうではない女性に俺が勝手にこういう事をしてしまうと若干ではあるが問題がある。どうしようバレたらレイアあたりに怒られる。
 そう思ったらだんだん落ち着かなくなってきた。

「俺多分一晩中うるさかっただろ? 君はなかなか寝付けなかったんじゃないのか?」

 黙っている事に耐えられなくなって声を掛けると、彼女はその手を休めてこちらに笑顔を向ける。

「お気遣いどうもありがとうございます、呻く王子を一晩見るのもなかなか良いものでした」

 ははは、そのサディスティックなところもなかなか俺の好みでいらっしゃる。昨晩の記憶が全く無いのが本当に残念でならないよ。

「他の誰かにうるさいとでも咎められましたか?」

「まぁね」

 悪戯っぽく他の女の影を探る彼女に、一言だけ肯定の返事をした。ただまぁ彼女の勘繰っているようなお相手ではなく、小煩い弟のような奴に、だが。
 せっせと俺を着付けてから、次に彼女は俺の髪を部屋にあった白い櫛で梳かし始める。今の俺の髪は、少なくともこのメイドよりは長かった。腰より少し上まで伸びている後ろ髪は、元々若干曲のある毛質だが長いおかげであまりうねっていない。え? 前髪は相変わらずハネているよ、ほっとけ。
 そして彼女は優しく俺の髪を結わえると、最後に首元や顔を綺麗に拭いてくれた。

「では勤めに戻らせて頂きます」

 多分昨晩何もしていないわけが無いだろうに、毅然とした態度で彼女は部屋を出て行った。いや、もしかして俺は酔って連れ込んでおきながら、何もせずに寝てしまったのかも知れない。
 聞くに聞けなかった以上、事実は分からなかった。

「はぁ……」

 二度寝したいところだが、やる事があるのでそういうわけにもいかない。
 俺は今、月に一回の定例報告をしに城へ戻ってきている。半月かけて訪問した地の調査内容及び見解等、分厚い書類にまとめて提出せねばならないのだ。
 そしてその後、こっちが俺にとっての本題。同じくその地で集めた女神の遺産と呼ばれる多数の遺物を、過去のデータと照らし合わせてどれがどれだか調べる……いっちばん時間の掛かる面倒な作業なのに、他人に任せるわけにもいかず俺が一人でやっている事。

更新日:2012-09-14 14:47:05

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