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が、それは彼女の前でパチンッ! と雷でも走ったように弾けて消える。
「あれ?」
ローズの顔を怪訝な表情にゆがめる精霊。そしてそれはみるみるうちに、恐怖に慄く色へと変わっていった。
「何故お前がそれを持っている……!!!」
そう言うなり、精霊は俺に目を見開いて口元を震わせながら強く抱きつく。
その腕も肩も、今までのこいつの余裕が掻き消えるほど小刻みに揺れていた。
何が精霊をそこまで怯えさせているのか分からず、俺はとりあえず警戒を怠るべきでは無い、と判断して、ルフィーナから距離を取りつつ、迂回してクリスの方へ行く事を選択する。
ルフィーナも何故黒いもやをかわせたのか分かっていないようで、何も起きない事に疑問を感じたのか、ようやくそっと目を開き始めた。
が、もう俺は彼女よりも城側に位置しており、後は背を向けて逃げるだけ。
なのに、そこに突如現れたいつものアイツ。
「台無しですよ」
淡く短い緑の髪を戦場に吹き荒れる風になびかせて、大層不機嫌そうな顔で俺の目の前に立ち塞がる。
「流石にやり過ぎましたね。大事な女神の遺産とはいえ、もう不必要と判断されましたので私もあの子供側につかせて頂きます」
俺は目の前が真っ暗になるのを感じた。
「無理だ……」
この状況で、コイツに勝てるわけが無いじゃないか。
前にセオリー、後ろにルフィーナ。絶体絶命の状況と、それによってこれまでの苦労や無茶が全て水の泡になるという失意から、俺はその場に崩れる。
「ふむ……」
何か考える素振りをしながら、俺の胸元で精霊が小さく呟いた。
「いいよ、返してあげる」
そう言ってローズの身体で精霊は静かに目を閉じる。
……こいつは今、返してあげる、と言わなかったか? その言葉の意味をそのまま受け取っていいのか?
僅かに残った希望の光に、俺は腕の中で眠ったように目を閉じる彼女を黙って見つめた。
しかし、
「無駄な抵抗をしないのは、良い事です。無益な殺生をする気はありませんから、王子は殺さないであげますよ」
その言葉に嫌な予感がして俺はセオリーのほうを向く。
その瞬間だった。俺の腕を上手にすり抜けて、奴の魔法の氷の矢が、抱きかかえていたローズに刺さる。
全部で三本、俺に一切傷つける事無く、その上で致命傷となるべく彼女の身体に深く埋まっていた。
「あ……」
何も考えられなくなったその後の俺の反応など見向きもせずに、セオリーは次にルフィーナの方へと歩いて行く。
「うまく不意打ちされたものですね、ほぼ壊れてしまっているではありませんか」
横たわるレクチェを見下ろして、特に感情のこもっていない声で。
「まぁ壊れた体でも研究には何かしら使えるかも知れません、回収しましょうか」
そう言ってレクチェに手を伸ばすセオリーを遮り、ルフィーナが瞬時に魔方陣を地に描いた。
「アンタに渡すくらいならッ!」
最後にロッドで陣を一突き。青い光と共にレクチェの身体が少しずつ消えていく。それは、いつか見たセオリーの空間転移魔術と酷似していた。
目の前で消えてしまった被検体に、セオリーはごく僅かではあるが静かな怒りをルフィーナに向ける。
「どこへ飛ばしました」
「アンタみたいに位置指定なんて出来てたら苦労しないわよ!!」
それだけ叫んで二人は改めて対峙し始めた。
俺はただ腕の中で、このまま絶命するしか無い愛する人を呆然と見つめるだけ。ライトのところに連れて行きたいが、この傷では下手に動かすことも出来ない。
今俺がこの傷を治せたなら……そうは思うが小さい傷ならまだしもこの大怪我を治せるほど俺はあの技を会得出来ていない。何故もっと試して練習してみなかったんだ、と悔しさだけが込み上げて来る。
「……泣いてるのね、らしくない」
苦しそうな表情で、でも口元だけはその笑みを絶やす事なく、一言ローズが喋った。しかしすぐにごぽりと口から血を吐く。
「しゃ、喋るんじゃない……!」
やはりあの大剣の精霊はローズを元に戻して消えたんだ。なのに、セオリーはそんなローズを手にかけた。
その理不尽さとやるせなさに俺は今すぐにでもあの男をぶん殴りたかったが、もう死の瀬戸際である彼女から離れる事など、出来るわけがない。
「ずっと秘密だったけどね、私、妹がいるの……」
「あぁ、知ってるよ……」
溢れる涙で、もっとよく見たい彼女の顔が見えやしなかった。
「あれ?」
ローズの顔を怪訝な表情にゆがめる精霊。そしてそれはみるみるうちに、恐怖に慄く色へと変わっていった。
「何故お前がそれを持っている……!!!」
そう言うなり、精霊は俺に目を見開いて口元を震わせながら強く抱きつく。
その腕も肩も、今までのこいつの余裕が掻き消えるほど小刻みに揺れていた。
何が精霊をそこまで怯えさせているのか分からず、俺はとりあえず警戒を怠るべきでは無い、と判断して、ルフィーナから距離を取りつつ、迂回してクリスの方へ行く事を選択する。
ルフィーナも何故黒いもやをかわせたのか分かっていないようで、何も起きない事に疑問を感じたのか、ようやくそっと目を開き始めた。
が、もう俺は彼女よりも城側に位置しており、後は背を向けて逃げるだけ。
なのに、そこに突如現れたいつものアイツ。
「台無しですよ」
淡く短い緑の髪を戦場に吹き荒れる風になびかせて、大層不機嫌そうな顔で俺の目の前に立ち塞がる。
「流石にやり過ぎましたね。大事な女神の遺産とはいえ、もう不必要と判断されましたので私もあの子供側につかせて頂きます」
俺は目の前が真っ暗になるのを感じた。
「無理だ……」
この状況で、コイツに勝てるわけが無いじゃないか。
前にセオリー、後ろにルフィーナ。絶体絶命の状況と、それによってこれまでの苦労や無茶が全て水の泡になるという失意から、俺はその場に崩れる。
「ふむ……」
何か考える素振りをしながら、俺の胸元で精霊が小さく呟いた。
「いいよ、返してあげる」
そう言ってローズの身体で精霊は静かに目を閉じる。
……こいつは今、返してあげる、と言わなかったか? その言葉の意味をそのまま受け取っていいのか?
僅かに残った希望の光に、俺は腕の中で眠ったように目を閉じる彼女を黙って見つめた。
しかし、
「無駄な抵抗をしないのは、良い事です。無益な殺生をする気はありませんから、王子は殺さないであげますよ」
その言葉に嫌な予感がして俺はセオリーのほうを向く。
その瞬間だった。俺の腕を上手にすり抜けて、奴の魔法の氷の矢が、抱きかかえていたローズに刺さる。
全部で三本、俺に一切傷つける事無く、その上で致命傷となるべく彼女の身体に深く埋まっていた。
「あ……」
何も考えられなくなったその後の俺の反応など見向きもせずに、セオリーは次にルフィーナの方へと歩いて行く。
「うまく不意打ちされたものですね、ほぼ壊れてしまっているではありませんか」
横たわるレクチェを見下ろして、特に感情のこもっていない声で。
「まぁ壊れた体でも研究には何かしら使えるかも知れません、回収しましょうか」
そう言ってレクチェに手を伸ばすセオリーを遮り、ルフィーナが瞬時に魔方陣を地に描いた。
「アンタに渡すくらいならッ!」
最後にロッドで陣を一突き。青い光と共にレクチェの身体が少しずつ消えていく。それは、いつか見たセオリーの空間転移魔術と酷似していた。
目の前で消えてしまった被検体に、セオリーはごく僅かではあるが静かな怒りをルフィーナに向ける。
「どこへ飛ばしました」
「アンタみたいに位置指定なんて出来てたら苦労しないわよ!!」
それだけ叫んで二人は改めて対峙し始めた。
俺はただ腕の中で、このまま絶命するしか無い愛する人を呆然と見つめるだけ。ライトのところに連れて行きたいが、この傷では下手に動かすことも出来ない。
今俺がこの傷を治せたなら……そうは思うが小さい傷ならまだしもこの大怪我を治せるほど俺はあの技を会得出来ていない。何故もっと試して練習してみなかったんだ、と悔しさだけが込み上げて来る。
「……泣いてるのね、らしくない」
苦しそうな表情で、でも口元だけはその笑みを絶やす事なく、一言ローズが喋った。しかしすぐにごぽりと口から血を吐く。
「しゃ、喋るんじゃない……!」
やはりあの大剣の精霊はローズを元に戻して消えたんだ。なのに、セオリーはそんなローズを手にかけた。
その理不尽さとやるせなさに俺は今すぐにでもあの男をぶん殴りたかったが、もう死の瀬戸際である彼女から離れる事など、出来るわけがない。
「ずっと秘密だったけどね、私、妹がいるの……」
「あぁ、知ってるよ……」
溢れる涙で、もっとよく見たい彼女の顔が見えやしなかった。
更新日:2012-09-04 11:26:09