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「ユングよね? どうしたのその耳。っていうかここはどこ? 何で手錠なんて……」
浮かぶ疑問をただ口にし続けるルフィーナから目を逸らして、彼は絞ったタオルを彼女に渡す。
「手錠は邪魔だろうけど、自分で拭いた方がいいよな、多分」
彼女が意識を取り戻すまでは彼がその体を拭いてあげていたわけなのだが、流石に今それをする勇気は無かったらしい。
ルフィーナは不自由な両手でタオルを受け取るが、体を拭こうとはせずにまず問いの答えを急かした。
「ねぇ、どういう事なの」
だんだん強くなる彼女の言葉に、長い黒髪の青年は黙って耐える。そこへ、小さなこの部屋の戸が再び開いた。
入ってきたのは、ユングよりも背が高く肩幅の広い、淡い緑の短髪男。こちらもルフィーナにとっては見慣れた人物であり、そして彼女の掛けがえの無い異母兄。しかし兄の耳も何故か短く丸い。
「兄さ……」
ユングと兄はいつもセットのようなもので、その出現に疑問も持たずに声をかけようとする。が、はたと彼女は思い出す。
この男に父が、母が、凍らされて砕かれて、その破片すら跡形も無く燃やし尽くされたあの時の光景を。そしてその後自分に起こった事を。
なのに平然と兄は自分の前に姿を晒しているのだ。本当にあれは現実だったのか、夢なのか、もうワケが分からない。
「あ、あれ……?」
「記憶がまだ混乱しているようですね、きちんと説明してあげましょうか?」
一聞すると気遣っているように聞こえる言葉だが、それはとても残酷な現実を叩きつけると同意。ルフィーナに好意を抱いているユングがそれを制した。
「おい、やめろよ!」
しかしそれにも関わらず彼は喋り続ける。
「どうせすぐ分かる事です」
カツカツと彼女に歩み寄り、自然とベッドで寝ている彼女を見下ろす状態で、その続きを告げた。
「お嬢と私の両親は殺しました。お嬢も、子を産めない身体にさせて貰いますのでしばらく手錠を外せませんが我慢してくださいね」
何の悪びれも無く淡々と、事実と今の状況の意図を説明されてルフィーナの頭は更にこんがらかる。
兄の親嫌いは今に始まった事では無い、許せずともその復讐までは事実を飲み込めた。けれど、自分が何故こんな目に遭っているのかが全く理解出来ない。
「子供を……何で……?」
「あの男の血は、私達で終わらせましょう、と言う事ですよ」
その言葉に、ユングが彼等から顔を背ける。
両親が既に他界しているユングにとっては、スクイルの感情は気持ちの良いものではない。だが、彼らがどれだけ親に振り回されてきたのかも知っているので否定もしない。ただ、押し黙った。
「私が生きているのにお嬢だけ殺すのは理不尽かと思いまして、少し回りくどいやり方になってしまいました。あぁ、でもやり過ぎて死んでしまいそうだったところを助けたのはユングなのですよ、お礼を言っておきなさい」
どこかズレた物言いは、いつも通り。真面目なのにどこかとぼけていて憎めない兄にルフィーナはいつも癒されてきた。彼女やユングの張り詰めた弦を緩ませてくれるのは、他でもないこの兄。
しかし目の前の兄は、暴虐残忍な行いをした後にも関わらず、やはりいつも通りなのだ。それは、彼がその行いを反省するどころか何とも思っていない事を意味する。
兄はこんな人だったのか、と気付くと同時に失望し、悲観的な感情が彼女の胸に生まれた。
「殺して……」
両親も、未来も、兄への想いも、全てを失ったルフィーナが、声をかすれさせて呟く。
「そ、そんな事言うなよ」
下手な慰めの言葉をユングが投げかけた。無論、こんな言葉では彼女の心に届くはずも無い。
そこへ追い討ちをかけるようにスクイルが暴言を吐く。
「どうせ死ぬのなら役に立ってから死になさい。丁度ユングの目的に人手が欲しいところなのです。それくらいしてあげたらどうですか」
しかしその言葉はルフィーナに怒りという感情を沸き立たせ、以後の彼女の生きる糧となった事を誰も知らない。
「……わかったわ」
「ええっ!?」
思いもよらぬ返答に目を丸くしたのはユング。
愛情は憎しみへと容易く変化する。兄が困る様子、苦しむ様を傍で嘲笑ってやる、と。ルフィーナは共に行く事を決めた。
浮かぶ疑問をただ口にし続けるルフィーナから目を逸らして、彼は絞ったタオルを彼女に渡す。
「手錠は邪魔だろうけど、自分で拭いた方がいいよな、多分」
彼女が意識を取り戻すまでは彼がその体を拭いてあげていたわけなのだが、流石に今それをする勇気は無かったらしい。
ルフィーナは不自由な両手でタオルを受け取るが、体を拭こうとはせずにまず問いの答えを急かした。
「ねぇ、どういう事なの」
だんだん強くなる彼女の言葉に、長い黒髪の青年は黙って耐える。そこへ、小さなこの部屋の戸が再び開いた。
入ってきたのは、ユングよりも背が高く肩幅の広い、淡い緑の短髪男。こちらもルフィーナにとっては見慣れた人物であり、そして彼女の掛けがえの無い異母兄。しかし兄の耳も何故か短く丸い。
「兄さ……」
ユングと兄はいつもセットのようなもので、その出現に疑問も持たずに声をかけようとする。が、はたと彼女は思い出す。
この男に父が、母が、凍らされて砕かれて、その破片すら跡形も無く燃やし尽くされたあの時の光景を。そしてその後自分に起こった事を。
なのに平然と兄は自分の前に姿を晒しているのだ。本当にあれは現実だったのか、夢なのか、もうワケが分からない。
「あ、あれ……?」
「記憶がまだ混乱しているようですね、きちんと説明してあげましょうか?」
一聞すると気遣っているように聞こえる言葉だが、それはとても残酷な現実を叩きつけると同意。ルフィーナに好意を抱いているユングがそれを制した。
「おい、やめろよ!」
しかしそれにも関わらず彼は喋り続ける。
「どうせすぐ分かる事です」
カツカツと彼女に歩み寄り、自然とベッドで寝ている彼女を見下ろす状態で、その続きを告げた。
「お嬢と私の両親は殺しました。お嬢も、子を産めない身体にさせて貰いますのでしばらく手錠を外せませんが我慢してくださいね」
何の悪びれも無く淡々と、事実と今の状況の意図を説明されてルフィーナの頭は更にこんがらかる。
兄の親嫌いは今に始まった事では無い、許せずともその復讐までは事実を飲み込めた。けれど、自分が何故こんな目に遭っているのかが全く理解出来ない。
「子供を……何で……?」
「あの男の血は、私達で終わらせましょう、と言う事ですよ」
その言葉に、ユングが彼等から顔を背ける。
両親が既に他界しているユングにとっては、スクイルの感情は気持ちの良いものではない。だが、彼らがどれだけ親に振り回されてきたのかも知っているので否定もしない。ただ、押し黙った。
「私が生きているのにお嬢だけ殺すのは理不尽かと思いまして、少し回りくどいやり方になってしまいました。あぁ、でもやり過ぎて死んでしまいそうだったところを助けたのはユングなのですよ、お礼を言っておきなさい」
どこかズレた物言いは、いつも通り。真面目なのにどこかとぼけていて憎めない兄にルフィーナはいつも癒されてきた。彼女やユングの張り詰めた弦を緩ませてくれるのは、他でもないこの兄。
しかし目の前の兄は、暴虐残忍な行いをした後にも関わらず、やはりいつも通りなのだ。それは、彼がその行いを反省するどころか何とも思っていない事を意味する。
兄はこんな人だったのか、と気付くと同時に失望し、悲観的な感情が彼女の胸に生まれた。
「殺して……」
両親も、未来も、兄への想いも、全てを失ったルフィーナが、声をかすれさせて呟く。
「そ、そんな事言うなよ」
下手な慰めの言葉をユングが投げかけた。無論、こんな言葉では彼女の心に届くはずも無い。
そこへ追い討ちをかけるようにスクイルが暴言を吐く。
「どうせ死ぬのなら役に立ってから死になさい。丁度ユングの目的に人手が欲しいところなのです。それくらいしてあげたらどうですか」
しかしその言葉はルフィーナに怒りという感情を沸き立たせ、以後の彼女の生きる糧となった事を誰も知らない。
「……わかったわ」
「ええっ!?」
思いもよらぬ返答に目を丸くしたのはユング。
愛情は憎しみへと容易く変化する。兄が困る様子、苦しむ様を傍で嘲笑ってやる、と。ルフィーナは共に行く事を決めた。
更新日:2012-09-04 10:09:04