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驚くエリオットさんに、その師が呆れ顔で言った。
「まるで女側のシモ担当はあたしとでも言うような口ぶりね……」
……間違いない。
早朝の人気の無い通りをいそいそ歩き、私達はこんな朝から宿を取った。
いつも通り、二人部屋が二つ。私を男だと勘違いしていたエリオットさんだが、女だと分かっても特に部屋割りを含む普段の扱いに変わりは無かった。まぁ変わられても困るけれども。
部屋に着くなり着替えもせずに手前のベッドにどさりと倒れこむ彼。そのまま動かない。
私も同じように寝てしまいたいが、地下で色々と汚れてしまったので服や体を洗ったりしなくてはいけない。眠い目を擦りつつそれらをこなした。
一通りの作業が終わってようやく眠れる、と言いたいところだけれど……
「お腹が空いたのでご飯注文していいですか?」
時間的に外の店で食べられなくもないが、あまり顔を晒すのはよろしくない。私の確認に、うつ伏せだった彼がごろりと仰向けになり、大の字に体を開く。
「俺にも何か適当に注文してくれ……」
「分かりました」
やがて朝食が届くと、ごろごろしていたエリオットさんも重い体を起こしてテーブルについた。私は昨晩あった出来事を彼に伝えるべきか悩みながら、焼き魚をつつく。
特に会話もなく黙々と無言で食べていると、既にエリオットさんのお皿はほぼ綺麗になっている。デザートの果物を口に運んでいる彼が就寝するのは時間の問題だろう。
早く伝えないと言う機会が無いので、私は思い切って話す事にした。
「エリオットさん、いいですか?」
「ん?」
果物に向けられていたその瞳が、私を映す。
「レクチェさんの記憶の事なんですけど……実は変な事があったんです」
「うぃ、言ってみろ」
「昨晩行った小屋の隣に教会があったでしょう?」
「あったな」
「そこで急に指輪が降って来て、それを填めたら記憶が戻ったようなんです」
エリオットさんはそこまで聞いたところで相槌を打つのをやめて、何も言わずに果物を食べ終えた。じれったいところを耐えて、彼の返事を待ちながら私も野菜の甘みが溶けたスープを飲み干す。
「……昨晩ルフィーナが言っていたように、だ」
俯きがちに彼が再度言葉を紡ぎだす。
「記憶をいじれる魔術式は、エルムの枝みたいな凄く面倒なものしか無いんだ。そもそも記憶中枢に働きかける、という大層な事をやれる魔術自体少ない」
「そうでしょうね……」
「降って来たという点も充分謎だが、それはまぁ誰かがやったと仮定しよう。だがそれを仮定したところで、その、記憶を戻せた指輪、というものがもう俺の知識の中には無い」
「じゃ、結局エリオットさんにも分からないって事ですかね……」
彼女の記憶が元に戻ったのは喜ばしい事だが、新たな謎に私は不安を抱いてしまう。
食べ終えたエリオットさんは席を立って、部屋のカーテンと窓を開けた。空気の入れ替えだろうか、食べ物の匂いでいっぱいになっていた部屋に綺麗な風が流れ込む。
窓際で立ち、外を見ながら彼は言った。
「結局レクチェは何なんだ?」
「えっ」
「お前の種族の敵、とは聞いたが曖昧すぎる」
あぁ、そういえば状況が状況だけに、ルフィーナさんはそんな感じで説明していたかも知れない。今なら以前聞いた話をもう彼に話してもいいだろうか?
「レクチェさん、神様の使いなんですって」
それを言った瞬間のエリオットさんの顔と言ったらおかしい事この上無い。何を言っているんだこいつ、と馬鹿にしたような顔でこちらを見る。
だが私は至ってマジメな顔を彼に向けた。
「呼び名はビフレスト、でしたっけね。神様の意志を世界に伝達しているとか何とか。で、私はその神様じゃない別の女神様の末裔なんだそうです」
多分、こんなものだったと思う。一度聞いただけなので自信が無い。ちょっと違ったらどうしよう。
「……俺、そういうの信じてないって言わなかったっけ」
「そう言われましても、ルフィーナさんから聞いた内容を言っているまでですよ」
彼はポリポリと頭を掻いて、返答に困っているようだった。
また窓の外を見やり、日差しを受けてその髪が煌めき透ける。
「ルフィーナのレクチェへのあの執着は、宗教信者と言えば説明はつくけどな……」
「違います、お友達って言ってました」
「友達ねぇ」
壁にもたれかかり、腕を組んで大きく溜め息。
「じゃあセオリーも宗教団体の一員って事でいいのか」
「いや、だから」
「不思議な力を持ってる女の子を捕まえて、信仰対象にでも持ち上げようとしているっとな」
全く信じる様子も無く、宗教という方向で話を捲くし立てるエリオットさんに私はだんだん苛立ってきた。
「まるで女側のシモ担当はあたしとでも言うような口ぶりね……」
……間違いない。
早朝の人気の無い通りをいそいそ歩き、私達はこんな朝から宿を取った。
いつも通り、二人部屋が二つ。私を男だと勘違いしていたエリオットさんだが、女だと分かっても特に部屋割りを含む普段の扱いに変わりは無かった。まぁ変わられても困るけれども。
部屋に着くなり着替えもせずに手前のベッドにどさりと倒れこむ彼。そのまま動かない。
私も同じように寝てしまいたいが、地下で色々と汚れてしまったので服や体を洗ったりしなくてはいけない。眠い目を擦りつつそれらをこなした。
一通りの作業が終わってようやく眠れる、と言いたいところだけれど……
「お腹が空いたのでご飯注文していいですか?」
時間的に外の店で食べられなくもないが、あまり顔を晒すのはよろしくない。私の確認に、うつ伏せだった彼がごろりと仰向けになり、大の字に体を開く。
「俺にも何か適当に注文してくれ……」
「分かりました」
やがて朝食が届くと、ごろごろしていたエリオットさんも重い体を起こしてテーブルについた。私は昨晩あった出来事を彼に伝えるべきか悩みながら、焼き魚をつつく。
特に会話もなく黙々と無言で食べていると、既にエリオットさんのお皿はほぼ綺麗になっている。デザートの果物を口に運んでいる彼が就寝するのは時間の問題だろう。
早く伝えないと言う機会が無いので、私は思い切って話す事にした。
「エリオットさん、いいですか?」
「ん?」
果物に向けられていたその瞳が、私を映す。
「レクチェさんの記憶の事なんですけど……実は変な事があったんです」
「うぃ、言ってみろ」
「昨晩行った小屋の隣に教会があったでしょう?」
「あったな」
「そこで急に指輪が降って来て、それを填めたら記憶が戻ったようなんです」
エリオットさんはそこまで聞いたところで相槌を打つのをやめて、何も言わずに果物を食べ終えた。じれったいところを耐えて、彼の返事を待ちながら私も野菜の甘みが溶けたスープを飲み干す。
「……昨晩ルフィーナが言っていたように、だ」
俯きがちに彼が再度言葉を紡ぎだす。
「記憶をいじれる魔術式は、エルムの枝みたいな凄く面倒なものしか無いんだ。そもそも記憶中枢に働きかける、という大層な事をやれる魔術自体少ない」
「そうでしょうね……」
「降って来たという点も充分謎だが、それはまぁ誰かがやったと仮定しよう。だがそれを仮定したところで、その、記憶を戻せた指輪、というものがもう俺の知識の中には無い」
「じゃ、結局エリオットさんにも分からないって事ですかね……」
彼女の記憶が元に戻ったのは喜ばしい事だが、新たな謎に私は不安を抱いてしまう。
食べ終えたエリオットさんは席を立って、部屋のカーテンと窓を開けた。空気の入れ替えだろうか、食べ物の匂いでいっぱいになっていた部屋に綺麗な風が流れ込む。
窓際で立ち、外を見ながら彼は言った。
「結局レクチェは何なんだ?」
「えっ」
「お前の種族の敵、とは聞いたが曖昧すぎる」
あぁ、そういえば状況が状況だけに、ルフィーナさんはそんな感じで説明していたかも知れない。今なら以前聞いた話をもう彼に話してもいいだろうか?
「レクチェさん、神様の使いなんですって」
それを言った瞬間のエリオットさんの顔と言ったらおかしい事この上無い。何を言っているんだこいつ、と馬鹿にしたような顔でこちらを見る。
だが私は至ってマジメな顔を彼に向けた。
「呼び名はビフレスト、でしたっけね。神様の意志を世界に伝達しているとか何とか。で、私はその神様じゃない別の女神様の末裔なんだそうです」
多分、こんなものだったと思う。一度聞いただけなので自信が無い。ちょっと違ったらどうしよう。
「……俺、そういうの信じてないって言わなかったっけ」
「そう言われましても、ルフィーナさんから聞いた内容を言っているまでですよ」
彼はポリポリと頭を掻いて、返答に困っているようだった。
また窓の外を見やり、日差しを受けてその髪が煌めき透ける。
「ルフィーナのレクチェへのあの執着は、宗教信者と言えば説明はつくけどな……」
「違います、お友達って言ってました」
「友達ねぇ」
壁にもたれかかり、腕を組んで大きく溜め息。
「じゃあセオリーも宗教団体の一員って事でいいのか」
「いや、だから」
「不思議な力を持ってる女の子を捕まえて、信仰対象にでも持ち上げようとしているっとな」
全く信じる様子も無く、宗教という方向で話を捲くし立てるエリオットさんに私はだんだん苛立ってきた。
更新日:2012-08-26 14:25:45