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挿絵 400*400

 そんな物をここに来る為だけに使ってしまうとは……もうここに来る必要はそこまで無いような事を言っていたのに、どうしてそんな物をっ!

「そ、そこまでしてここに来た理由は何ですか!?」

 私は驚くあまりについ叫んで聞いてしまう。
 それに対してはレクチェさんが返答してくれた。

「この洞窟、綺麗でしょう?」

「えっ、あぁ、まぁそうですね」

 彼女はにっこり私に笑いかける。えっ、まさかそれだけの為に?
 そんな失礼な考えがきっと顔に出ていたのだろう、レクチェさんは人差し指を口元に当ててウインク一つ。

「もっといい場所があるんだよ」

 ほんのりと口元だけに笑みを浮かべながら、ルフィーナさんが部屋を出ようと扉に手をかける。その表情から、きっとそのいい場所へ案内してくれるのだろうと伺えた。
 錆びた研究施設を抜けてまた元の洞窟に戻ると、更に少し先へ進む。天井の狭い通路を抜けて、広い空間に出た先には確かに先程とは比べ物にならない光景が広がっていた。

「わ、ぁ……」

 思わず声が洩れる。光る苔だけではなく、光る粉のような物がふわふわと漂っていた。
 多分、広がった天井一面の苔から落ちてきているのだろう、その粉が地底湖にも落ちて湖そのものからも青白い光が放たれている。

「この世界にはこんなに綺麗な場所がいっぱいあるんだって思えば、いつでも頑張れた……」

 レクチェさんが少ししゃがんで透明な地底湖の底を見つめながら言う。彼女達にとって当時の思い出は、金銭に換えられるものでは無いのかも知れない。
 苔による光で奥底まで綺麗に見え、まるで自分が水の中に居るのではと錯覚してしまうくらいだ。現実と夢との区別がつかなくなってしまうような幻想的な空間に、私はしばらくレクチェさんと共に酔い痴れる。
 しかし、エリオットさんは何か別の意味で酔っているようだった。

「エリ君、大丈夫?」

 先程まではすぐそこに立っていたような気がする彼が、あ、いやゴメンナサイ、あんまり視界に入れていなかったんです。
 とにかくその彼が、頭痛でもしているのか頭を抑えながら俯き、壁にもたれかかっていた。
 その様子に気付いたルフィーナさんが心配するが、エリオットさんは頭を抑えていた手を離すと顔を上げて、視線をふいっと横にずらす。

「大した事無いから乙女どもは景色を堪能してろ」

「そう? ダメそうだったら言いなさいよ?」

「あぁ」

 だがその顔色はすぐれない。私は心配になって彼の傍に寄ろうと立ち上がろうとした。が、私より先に動いたのはレクチェさんだった。
 小走りでエリオットさんに近寄り、その手を取って握る。
 何も言わずに手を握ったまま離さない彼女にびっくりしたようで、彼は何か言おうとぱくぱく口を開けたが言葉が出てこない。
 手と手を握り合うその様子を見ているだけならば、薄暗い場所という背景効果もあって恋人同士みたいだった。特にそれを感じさせるのはエリオットさんよりもレクチェさんの表情。手を握ったままどこか物憂げで、私が男ならばその表情だけで恋に落ちてしまいそうである。

「エリオットさん……」

 レクチェさんはそのまま彼の顔をじっと見つめて名前を呼ぶ。
 ……って何ソレ。

「な、何してるんですか?」

 その空気に耐え切れず、つい突っ込んでしまった。

「そういう仲だったの?」

 ルフィーナさんも少しびっくりしているらしい、からかうように、というよりは本当に疑問を投げかけている。

「いや、多分俺の具合を治してくれたんだと、思う、んだけど……」

 こちらも下心が出る以上に、驚きのほうが大きかったらしい。普段ならここでへらへら喜んでいそうなものを、今回はその様子が見られない。

「っ!」

 レクチェさんが慌てて手を離した。

「ち、違うよ! そういうのじゃないからね!」

 焦りながら否定しているが、どんなに状況はそれっぽくても二人がそんな仲だなんて全く思っていないので必死に弁解されても逆に困るというもの。
 私とルフィーナさんは顔を見合わせてから笑う。

「知ってるわよ、そんなのー!」

 自分のした事に照れ笑いつつ、レクチェさんはスタスタまた湖の畔に戻ってきてしゃがんだ。
 エリオットさんは体調が良くなったらしく、先程までの滅入った表情はしていない。 

「凄いですね、レクチェさんって病気も治せるんですか?」

 純粋に湧き出た疑問を投げかけただけなのだが、何故かその質問に彼女は答えず、少し目を伏せながらそれを誤魔化すように口元だけ微笑む。
 私にはその真の意味など分かるわけもなく、ただ何も考えずにその微笑みを肯定と受け取って、それ以上聞かなかったのだった。

【第十一章 思い出 ~終幕への道標~ 完】

更新日:2012-08-22 15:40:25

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