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多分続きを知りたくて、うずうずしているはずよ 」
 ガイルが同じことを言っていたのを思い出す
イェシルは首を考え込むように傾ける
ポニーテールに結んだ真直ぐな黒髪が、さらりとその肩にかかる
 「 まず、フィーズベリとスタージェスが無事で居るって事を知らせたいわね
それからヤツを隠れ家から引っ張り出す程の、インパクトが欲しい訳
わかる? 」
 「 ‥‥わ かり ます‥‥ 」
問われてリオカードは気後れしつつ応える
 「 よろしい では、スタンバイして頂戴 」

 「 ‥‥シニー 全然わかんない‥‥ 」
 リオカードは階段をシュレに手を引かれて降りながら、蚊の鳴くような声で言った
シュレはやれやれ、と言った調子でため息をつく
 「 おおかた、そんなことだろうと思った 」
 「 解ってはいるんだけど 具体的にどう動いたらいいのか‥‥ぜんぜん 」
 イェシルの言った事は解る
多分この“ジェイムの自宅”で起こっている事柄を、常に監視していたのはロッド・ジェイム本人だろう
そして今もどこかで、監視を続けているのか それを探り出そう、あるいはおびき出そうという訳だろう
しかも、これから“撮影する”映像でそれを行うのだ
何を、どうやって伝えればいいのか? 迷うのは当然だろう
 エントランスへ出た 陽が落ちる直前の夕闇が迫ってきていた
玄関ドアのすぐ外で待機する
シュレは、リオカードの美しく翳った不安げな表情を見詰める
 「 ‥‥ジェイムはスタージェスに嫉妬していた、と思わないか? 」
 「 “フィーズベリ”のことで? それは‥‥感じていたけど 」
 「 ロビンソンが言っていた“小娘を争って”義父と養子が憎み合っていたとする
スタージェスが言った通り、フィーズベリを“殺したのはロッド・ジェイム”‥‥だとしたら? 」
スタージェスと別邸の屋上に行った時、ジェイムに後を追けられ、見られたと感じた
その直後、殺されそうになったのだ
 リオカードの白い顔から、ますます血の気が失せる
 「 ‥‥怖い、ね 」
あの時、優しい顔をして近づいて来て、致死量の薬を入れたマティーニを飲ませた
薬によって、恐ろしい幻影に襲われ、剣山に押し付けられるような全身の痛み 息もできない程の‥‥苦痛を味わわされた 思い出すのもいやだ
それを、愛する人に与えることが出来る残酷さに、得も言われぬ不快感と恐怖を憶える
 「 その怖さは“フィーズベリ”でなければ解らない つまり、おまえでなければ 」
シュレは冷静に、むしろ淡々と伝える だが利き腕でリオカードをしっかりと支えていた
リオカードは懸命に考えながら、訊いている
 「 その“ロッド・ジェイム”が死んだ 居なくなってくれた
しかもNo.2のロビンソンも消えてくれた
跡取りのスタージェスは自分に夢中 ‥‥どう思う?“フィーズベリ” 」
 「 どう って‥‥ 」
リオカードはちょっと茫然とした
 「 もし その通りなら ‥‥すごく 」
 「 すごく? 」
 「 ‥‥嬉しい 」
シュレはリオカードの細い顎に手をかけ、親指の腹で口唇に軽く触れる
 「 いい答えだ 」
 「 あ、解った か も? 」
少し明るい表情を見せたリオカードに、シュレは身をかがめてキスをした
 「 じゃあテンション高め で、舞いあがっているかも、な? 」
 『 ‥‥そろそろいいか? Professor 』
ガイルの声がインカムから聞こえる シュレは苦笑した
リオカードに親指を立てて見せる
 「 PTAが、行けるか?って 」
リオカードは沈んだ曖昧な表情のまま、頷いた

 玄関の扉が開いた
背の高い男と華奢なドレス姿の影が、酔っているのかまろぶ様に入って来る
間接照明だけなので、誰なのかまでは判別できない
 薄暗い玄関ホールで男が、女を抱き寄せ耳元でなにか囁いている
彼女は微かな笑い声を立てると、男の手から離れた
白いドレスのシルエットが階段を駆け上がる 足許に輝きが見えるのは、銀のハイヒールだ
時折振り向いては、後を追ってくる男を待つ様子
ドレス姿に手が届きそうになると舞うようにかわして、男を誘うようだ
黒いタキシード姿はほとんど薄闇と同化してしまい、動きのみが見える
 2階に来た
階段室と廊下の合流したホールに、天井のステンドグラスから仄かな灯りが降り注ぐ
デコラティヴな支柱がホールの中央に配されている その支柱に女が背中で寄り掛かる
淡い灯りのなかに、まろやかに輝く金色の髪 軽く乱れて物憂げに美貌を飾る
白銀のドレスをまとった美しい肌、儚げな肢体
妖しい魔性をかいま見せる碧の煌めきを残して、瞳が光る
一瞬嗤った
 “フィーズベリ”ではない、誰か この世のものとも思われない美貌の幻影
シュレは、誰を 何を追っているのか、束の間解らなくなる

更新日:2011-05-14 00:22:20

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