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 「 違和感が無いって言ったけど、それは不特定多数に対してじゃあないよ?
自分から触ることもあまり無いし‥‥人から触れられるのはもっと好きじゃない
だからきっと‥‥シニーに限ってだと、想うな
何て言うか‥‥他の人と全然違うんだよね、シニーって 」
 意味深な事を告げられて、今度はシュレが返す言葉に悩む番だった
しかし彼は初心な時代をすでに通り越して来た人だったので、すぐにスランプから立ち直る
リオカードには予測できないことを訊いて来た
 「 ‥‥ラトキュ・ダーヴィンも、そういうタイプだったのか? 」

 その男の名を耳にした瞬間 リオカードは明らかに顔色を変えた
この反応の示し方をしたリオカードを、どこかで見たことがある
そう考えつつ、シュレは問いを重ねる
 「 ヤツと寝たって言っただろうが
どうなんだ?‥‥おまえ ヤツの話になると眼を伏せるよな 」
その細い顎に手をかけて、無理に顔を上げさせる
リオカードはシュレから視線を逸らしながら、応えた
 「 ‥‥あ れ は ‥‥言葉のあやだ、よ 咄嗟のことだったし
他に言い方知らないんだもの しかたないでしょ? 」
 「 でも、寝た事にゃー変わりないんだろ? 」
リオカードは、自分の知った事ではないと言った風に肩を竦めて見せた
 「 ――― ぼくが言いたかったのは‥‥あなたと居ると落ちつけるってこと こうしているだけで、とっても安心できるってこと
シニーっていい人だね 本当に 」
そう言って‥‥ひどく儚く可愛らしく、うっとりと微笑んだ
 全く予期していなかった返答内容に、シュレは刹那我を忘れた
「いい人」なんて言われた事は、今まで一度も無い
苦笑しつつ言った
 「 そんなことを言われたのは、生まれて初めてだな‥‥
ダチは別として、俺と一緒に居るくらいなら拳銃で頭ブチち抜いた方がマシだって連中の方が、多いと思うぞ? 」
多少の照れと謙遜はあるのだろうが
犯罪者やシュレの興味の範疇外の人々にとって、彼は結構怖い存在であった
けれど‥‥
 「 ぼくはそんなことしたくないもん ずっと一緒に居たい‥‥
シニーが好きなんだ 」

 シュレ・カナルソンは、その聞きなれないセリフの意味が最初よく飲み込めなかった
お付き合いしている(いた)美人のおねぇちゃん達にならともかく
全く初対面の、例えシュレ自身恋心を抱いていたとしてもまだ友人とも相棒とも呼べない相手に、そのセリフを言われるとは
その言葉の意味を理解するまでに、かなりの時間を要した
とにかく普段の彼からは想像できないくらいに、動揺したのだった
 それでもさすがにそんな状態は、一瞬のことで‥‥
シュレは逞しくCOOLな頬笑み方をすると、リオカードのなめらかな頬を、感触を楽しむかのように指の背でなぞった
 「 面と向かってはっきり言うな ばか‥‥ 対応の仕方に困るだろ? 」
言いつつシュレは、リオカードの話の逸らし方の上手さに感心していた
 妙な事に感心したもんだが、事実ラトキュの話題を持ち出したシュレ自身、そんなことは無かったかのような気がしているのだから、仕方があるまい
 リオカードはついでに麗々とした微笑をシュレに見せつけて「シニーが好きだ」と言った事すら、忘れさせてしまいそうになった
それからふいにあることを思い出し、シュレの唇許に褪せた色の口唇を近づける
聞き取れないほど小さな声で言った
 「 ‥‥シニーって‥‥マキャベリストだったけ、ね‥‥ 」
 シュレは2度も先手を取らせるほど、迂闊な男じゃあない
リオカードのグラスハープのように細い声が、伝え終えないうちに‥‥
シュレは震えるつるばらの実のような、口唇を奪っていた
 「 ‥‥‥‥ 」
 甘いフローラルムスクの香りがする
柔らかくて、しっとりと熟れた梔子の花弁のようだ
 「 リオ‥‥ 」
呼ばれてリオカードは、吐息のように閉じて居た瞳を開いた
 不思議な眼の色
普段は褐色だが‥‥こんな時は碧色に見える
髪も肌も淡い色で色素が少ないのだから“黒い瞳”ということは無いだろうと思う
シュレ自身の眼も普段は金茶色だが、強い陽にあたったり酷使した後だと、さらに酷薄なゴールドに見えたりする
 だがリオカードの場合、顔色が変わるように移り変わるようだ
光の受け方にも寄るのだが 時に、てつ色に見えたり常葉(ときわ)色に見えたりする
 シュレはその瞳の色に、揺るぎなくピンと張った弦のように危ういものを見たような気がする
張り詰めた弦は、これより先何人たりとも立ち入らせぬ、といった鋼鉄の信念のようでもあり、風のわずかな気配にも掻き惑わされる筝の弦のようでもあった

更新日:2011-05-13 22:06:42

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