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 「 もしかしておまえ‥‥現金を使ったことが無い、とか? 」
 「 そうだね、あまり ‥‥使う機会が無い、かも? 」
この返事にシュレは眉根を寄せる
 「 ‥‥カード見せてみ 」
リオカードはあっさりと、バックの内ポケットからTiffanyのカードケースを出して見せた
 ‥‥黒いクレジットカード センチュリオンカードである
マジにどんだけお坊っちゃんなんだよ、とシュレはくたびれた
裏を返してサインを見る ‥‥が、読めない
 「 なんて? 何語? 」
 「 Japanese ‥‥“結獨煕” 」
 「 ん? 」
 「 ユイ・トクヒロ
‥‥偽造の難しいサインだから、これにしなさいって 」
 「 誰が? 」
リオカードはふと困った顔をする だが隠そうとはしなかった
 「 ‥‥実の 父さま 」
 「 へぇ ‥‥しっかりした発想の人みたいだな おまえを信頼してるし 」
 「 そうなの? そんな気はしないけど‥‥ 」
 「 信じてるって 」
シュレはカードを返しながら、続けた
 「 おまえが遊び好きだったら、こんなカードは持たせないだろうさ 」

 それから、路面電車Tramに乗って取り留めの無い話をし、海岸沿いの公園を散歩して釣り人を冷やかし、Galata Kulesi(塔)の展望台に昇った
 “七つの丘の街”と呼ばれるIstanbulの市街が一望できる
 荘厳なモスク群、赤みを帯びた屋根瓦の群れは古民家の集落
波頭が煌く紺碧のBoazici海峡に船が行き交う
振り返れば、高台に近代的なビル群‥‥
 最近流行のブラックベリーのジェラートを買って貰い「歩きながら食べるんだよね♪」と、何気に嬉しそうなリオカードである
 シュレの左腕に、華奢な腕をからませて 時折肩にもたれたりする
シュレは、やれやれといった調子で終始だるそうにしていたが、表情はずっと柔らかい
 ‥‥傍目で見る限り仲のいいカップルの、土曜の午後のお散歩デートである(^_^;)
そこに水を差すモノがあった
 携帯端末は着信を、ごく微かな振動で伝えて来る
ボスからのコールだと言うのは、すぐに察しがついた
リオカードは黙ったまま、バッグから携帯端末を探り出す
 「 放っておけよ 」
シュレはあっけなく言う
 「 だって ‥‥でも、今何時? 」
 「 5時前だ ‥‥おまえ、俺に時間ばかり訊いているな Zになにか言われたのか? 」
リオカードは、はっと思い出した
 「 ‥‥い、言われてた‥‥か、も? 」
きれいさっぱり忘れていたが、たしか“24時間以内に組め”と言われたハズだ
24時間はとっくに過ぎている
シュレはあさっての方を向いたままいる
リオカードが掴まった腕からも、力みもなにも感じない
 「 時間ならまだあるって 」
 「 え‥‥? 」
リオカードは驚いて、シュレを見詰める
 「 指令が何か‥‥知ってるの? 」
 「 知らない だが、察しはつく 」
にやりと笑った ヴェテランの余裕である
けれど、またまた立て続けに何度もコールが入る
リオカードは小さく、無理 と言った
 何かを思いあぐねる様子で、遠い眼をしてシュレを見詰めた
これが、シュレと過ごす最初で最後の余暇になるかもしれないと思ったのだ
 「 ホントに‥‥残念だけど ‥‥ありがとう、シニー
とても愉しかったよ‥‥ 」
酷く慕わしい表情をするので‥‥シュレは胸騒ぎさえ感じている
 「 ‥‥一緒に、来てもらっても、いい? シニー‥‥ 」
微かな、ため息のような呼びかけに、シュレは苦笑した
 「 しょうがねぇなぁ‥‥ 」
やれやれといった風に
 「 ‥‥お供しますよ Lady LORELEY 」

更新日:2011-05-05 22:54:57

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