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“エイジャリーナのおにいちゃまでしょう?” 」

 母さまが結婚すると聞いて、その相手が尋ねてくると聞いてぼくは無性に腹立たしかった
そんな男に誰が会ってやるもんか
 庭の続きの森の中に、池に注ぎ込む小川があって
春だったから、香りの良い朴の花、艶やかなライラック、紫木蓮
欅や楡の枝先を、春風が渡って通る
 水面に張り出した下枝へ静かに腰掛けて、爪先を水につけると‥‥
柔らかい春の陽が頬をなぶって、風に流され、水面を渡る
 ―――― おにいちゃま‥‥?
反射する光りが、少し眩しい
 ―――― リオカードおにいちゃま‥‥
振り返れば、金褐色の髪、藍色の瞳
そばかすの頬を少しだけ紅らめて
葉に溜まった露を掌に、受け取るような真率さで‥‥少女はそう呼んだ
 ―――― エイジャリーナのおにいちゃまでしょう?
 ―――― ‥‥う ん‥‥
少女の瞳にこめられた諸々の思いが、リオカードを頷かせていた
思わず、応えてしまった春の日の午後

 「 ぼくは間違いなくエイジャリーナの兄だよ
血が繋がっていなくったって 」
 しなやかな強さを潜めたリオカードの眼
その闇色にシュレを映して、少しだけ笑った
 「 さて そろそろ行かないと、妹がしびれをきらしているだろう‥‥ 」
あれで結構きかん坊なんだ‥‥と
リオカードはロッキングチェアーの上に放り出してあったドレスシャツと、奥から持って来たもう何着かの服を手に取る
 「 それは? 」
 「 何かに使えるでしょう? 」
そう応えたリオカードに、シュレはたまんねーな、と苦笑する
 「 知ってたのか? 」
 「 シェイクスピアの寸劇のこと?
エイジャリーナがロザリンドを演るって話ならとっくの昔に知ってたよ♪ 彼女、演劇部なんだ 」
茶目っ気たっぷりにウィンクする
 「 でも、ぼくが知ってるってことは 彼女には内緒 」
シュレは両手をパンツのポケットに突っ込んで、軽く肩をそびやかす
 「 放ったらかしにしてるかと、思った 」
 「 放ったらかしにしてるじゃない 」
シュレは静かに応える
 「 表面的には、な 」
 リオカードは多分“兄として”エイジャリーナを庇護し、愛しているのだろう
けれど“妹”は、きっと‥‥

 「 ‥‥兄様 」
 「 遅くなってごめんね でもいいもの見つけちゃったんだ 」
 例のドレスシャツと一緒に、ゆったりとしたローブ‥‥など何着か手渡す
 「 あら これは、お義母さまの‥‥? 」
 「 あげるよ、君に 部屋着にでもすればいい 」
そのドレスは古風な形で、確かにシェイクスピア向きだとシュレは思った
エイジャリーナに、服を合わせて見て、リオカードはうん似合う、と言った
 「 丈は調度良さそうだね トレーンを引くように着るんだよ
問題は‥‥あちこちサイズが合うかどうか‥‥ 」
 「 兄様‥‥! 」
リオカードはくすっと笑う(妹でなければセクハラだ‥‥)
 「 いいじゃない、君くらいの年頃の女の子が瘠せてたら魅力ないでしょ
後はたのむよ ヘレーネ 」
 「 Oui monsieur お嬢様にとてもよくお映りですわ、このドレス 」
エイジャリーナは嬉しそうに笑った
 「 ありがとう、兄様 でも、こんなに明るい色の服は初めてだわ 」
どうしましょう、と口の中で呟く
 「 制服と似てるじゃない 」
 「 制服はライトグレーですもの‥‥ 」
ドレスを体に合わせたまま、嬉しさからくる不安で途方にくれた顔をする
リオカードは伏せ加減の妹の顔を優しく上げさせると、その眼を見詰めながら諭すように言った
 「 18歳の誕生日には純白のドレスを贈ってあげるよ
新年にはそれを着てデビュッタントだ
美しく着こなせるように、練習しとかなくちゃ、ね 」
少女の白桃の頬が、みるみるうちに紅潮する
 「 本当に‥‥? 」
 「 もちろん 」
頷いた兄の首に、ふっくらとした腕をからめて、きゃあ♪と言った
 「 兄様‥‥ 大好き(*^.^*) 」

更新日:2013-01-06 17:21:54

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