• 1 / 5 ページ

挿絵 640*480

三 太 と 父

              山口和朗

ある村に三太という少年がいました。三太の家は貧しく、親戚の納屋を借りてすんでいました。納屋は牛や山羊の小屋へと続いていて、朝夕にはきまって悲しそうな、餌をねだる声がしました。そして家には毎日寝て天井ばかり見ている父がいました。母は居りません。去年の夏、妹を連れて家出をしてしまいました。父が酒を飲んでばかりいて、働かなかったからだと思います。
三太は学校が終ると、一目散に家に帰りました。遊ぶのは父が家にいるか確かめてからでした。母が家出したとき道草をしていたために、母を止めることができなかったからです。

三太は窓のない、薄暗い納屋の中で、やはりその日も天井を見ているばかりの父を見つけると、元気の良いあいさつをしました。
「ただいまっ」
すると父は「オッ」と言って少しばかり三太に顔を向けます。それだけです。でもそれだけで三太には充分でした。父が居る。それで満足だったのです。
「遊んでくる」
三太はまた天井を向いた父に言うと、さっそくカバンを投げ出して裏山へ遊びに行きます。裏山は三太の一番の遊び場でした。山ぎわの清水には沢ガニがいるし、気味が悪いけど薬になるイモリもいる。清水を少し登れば藤づるがいっぱい生えている、ターザンごっこに格好の森がある。そこをもっと上れば町が見下ろせる頂きに出る。
三太はその日も、ターざんごっこをしようと山を登っていきました。夏の山道は草や木の匂いがムーンとして、少し歩くと蒸し暑くて、体中から汗が吹き出てきます。でもターザンごっこの森は、ヒンヤリとしてとても気持が良いところなのです。あたりは静かで、ときどき山鳥の甲高い声がするくらいです。

更新日:2011-02-20 10:24:39

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook