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第六章 人妖が恋した幻想郷

■ ■ ■ ■ ■

 妖夢がそう言った瞬間、半霊の声が止まった。あまりにも不自然に、大気を揺らしていた咆哮がぴたりと止まり、半霊も妖夢も、同じくその動きを止めて立ち尽くす。
「終わった……んでしょうか?」
 社の隣に並んだ早苗が、警戒と安堵の混じった声で呟いた。社もそれに、肩で息をしながら無言で妖夢を見る。
 と、
「あ!」
 びくり、と。半霊が震えて、その影が一気に消えた。半霊はいつも通りの半透明の姿に戻り、そこから漏れ出た無色無形の何かが、するりと妖夢の中へ吸い込まれていく。
 しばらく無言で見守る早苗と社。だが、やがてどちらともなく安堵の息を吐き出して、零した。
「これで、終わりか……」
「まだ……ですッ――!」
「ッ!?」
 だが、噛みしめた歯の隙間から絞り出すような声に、息を呑んで社たちが顔を上げた。二人の視線の先で、妖夢の身体を中心に、底冷えのするような妖力が次第に沸いては溢れていく。
「妖夢さん!?」
「止まってッ!!」
 思わず駆け寄ろうとした早苗を、妖夢が制した。咄嗟にその場で足を止める早苗と、軋む体を引きずって妖夢に近づこうとする社に、妖夢はその瞳を向ける。
 普段の透き通るような青と、淀んだ赤が入り混じった瞳の色に、社たちは目を見張る。だがそんな二人に、妖夢は苦しげに口元を歪めながらも笑い、
「あはは……こんなになっちゃってますけど、少し安心しました……」
「妖夢、今何が起きて――」
 笑いながら呟く彼女に、社がどうにか尋ねようとする。だが、その言葉を遮って、なお妖夢は少し強い口調で告げる。
「御剣さん、すいません……ッもう暫く、時間を稼いでくださいっ……私の中の狂気を、黙らせますッ」
 そう言って、妖夢は社たちに笑いかけた。一瞬詰まりながらも、社は月下を構え、問いかける。
「はっきりとは分からんが、こういうことか?」
「……よろしくお願いしますっ」
 社の言葉に、妖夢は頷き、そしてその両目を閉じた。どこか苦しげだった表情が消え、そして全身が力を失う。だが、ふらりと一度体を揺らすと、彼女は再びその瞼を開いた。
 奥から覗いた瞳は、先までの半霊と同じ、深紅。凝る息を吐きながら、社と妖夢を睨みつけるその眼光は、半霊と比較しても鋭いものだった。

更新日:2011-03-16 14:00:13

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東方二次創作 ~ 人工知能が幻想入り 伍