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終章 蒼天悉く社の上

■ ■ ■ ■ ■

 そのささやかな騒動から、数日。
 厳六助が朝の散歩を終えて、自分の家へ帰ってくると、そこには既に社の姿があった。彼は厳六助に気がつくと、片手を上げて薄い笑みを浮かべる。
「おーゲン爺、今日からよろしく」
「おぅ、店の準備かね。ご苦労さん」
 社の挨拶に、厳六助も礼を返して店に入る。机を拭いていた布巾をひらひらと振って、社は厳六助に問いかける。
「で、また散歩がてらにセクハラか? いい加減にしないと誰かにノされるぞ」
「失敬な。儂が散歩に行くたびにセクハラをしておるような言い方ではないか」
「違うのか?」
「はてのぅ?」
 眉を顰めて問う社に、厳六助はとぼけるように首を傾げた。苦笑でそれを見やり、社はカウンターまで歩み寄り、布巾を放る。
 そんな彼をちらりと一瞥し、厳六助はふと尋ねた。
「それよりも社や、よかったのかい? 白玉楼の仕事を辞めてしまって。妖夢ちゃんとは、これからも仲良くやっていくつもりだったんじゃろ?」
 彼の問いに、社はふっと息を漏らした。彼はどこか清々しい笑みで、厳六助には見えない彼方を見るようにしながら言葉を零す。
「いいんだ。ケジメはつけなきゃいけない。オレはあくまで、早苗の恋人だ」
「そうか……」
「まあそれに――」
 頷く厳六助に、社はさらに言いかける。言葉を切った社に厳六助は眉を上げて、問いかけるような視線を向けた。しばし躊躇いを見せた社だったが、結局は再び口を開く。
「それに、オレがいたんじゃ、二人の時間が作れないだろ……?」
 口ごもり気味にそう言った社の顔を、厳六助は目を丸くしてまじまじと見た。居心地悪そうに眉を寄せる社だったが、厳六助はふいにその頬を膨らませ、
「ぷ……ぶはははひゃははっ!! げほっげホォッ!?」
「ゲン爺――っ!?」
 突然笑いだし、そしてヤバそうな感じに咳き込み始めた厳六助に、社が思わず叫ぶ。身体を折って苦悶に呻く厳六助を引っ張り起こすと、社は不機嫌そのものといった顔で彼を見下ろして言う。
「何もいきなり笑うことはないだろ。これでもこっちは真面目に言ってんだから」
「あぁ、スマンスマン」
 謝りつつも、未だに笑いを堪えて肩を震わせる厳六助。社は苦い顔で傍の椅子を引っ張り出して腰掛け、話題を変えるように問いかけた。
「で、店開けなくていいのか?」
 その言葉に、厳六助は店内を一瞥した。机や床を確認するが、目立った汚れは全て拭われ払われている。それを確認して一度頷き、
「うむ。これなら開けられるのぅ。初めてにしては良い仕事ぶりじゃ」
「そりゃどーも」
 誇るでもなく、ただ一言で自らへの評価に応える。そんな社に、厳六助は「ただ……」と前置きをして、再び問う。
「あれはなんじゃ? なんかこう、机ごとに置いてある気がするんじゃが……」
 言いつつ厳六助が指差す先には、机に鎮座した掌に載るほどの小さな置物。鉄の色剥き出しのそれは、座りこんだ蛙の造形だ。見れば、机ごとに同じような蛙の、あるいはとぐろを巻いた蛇の置物が一つずつ置かれている。そして蛙の脚や蛇の鱗には、それとなく、だが読めるような位置に「守矢」と刻んである。

更新日:2011-03-29 14:47:05

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