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今は、すこしゆっくりしている。
 二週間前には、一大イベントがあった。そのことを少し思い出して書いてみよう。

 ロベルトくんに会った日は、彼が宇宙に旅立つたった一日前だったのだ。
 彼が、2002年に宇宙に旅立つ事を決意してから、すでに六年たっていたが、ロベルトくんたちは、2008年のその日、まだ地球にいた。
つまりは、宇宙船の再調整が必要になっていたのだそうだ。宇宙船はかなりの部分でダメージを受けていた。これで、広大な宇宙を旅するのは無理だった。それで、とある企業の助力を受けることになったのだという。これは、例のアカワのコネクションだろう。
2008年のその日は、宇宙飛行中だったその企業の宇宙船がもどってくる一日前だったのだ。その宇宙船の推進力と、チャンのルーツの一つである外宇宙の民が住む星の宇宙船が合体するための、システムの開発に六年を費やしたのだ。私は、絶妙なタイミングで出くわしたようだ。この世界に偶然はない、という賢人の言葉を思い出したが、私が、その日にロベルトくんと出会ったのも偶然ではなかったのかもしれない。
推進力となる宇宙船は、次の日、カナダ・バーナビー(バンクーバーの隣町)にあるディア・レイクに特設されたプライベート宇宙飛行場に着陸し、すぐに、もう一つの宇宙船と連結を完了後、ツイン・エンジンシステム・スペースクラフトとなり再びロベルトくんやチャンたちを乗せて星の海へと航海に出たのだ。

 ディア・レイクから飛び立つ宇宙船をたしかに私は見送ったのだ。しかし翌日ディア・レイクに行くと、前日まで存在していたプライベート宇宙飛行場は消えていた・・・。
 あれほどの建造物が一日にして消え去るために要するテクノロジーとはどんなものだろうか。

 私、マック・デビッド・エストは、J.S.R.のサイドに居て、結局はロベルトやアカワたちのコネクションとは関係のない人間なのだ。私は心のどこかで寂しさを覚えた。それは、私自身が「根無し草」のような生活を送っているからなのかもしれない・・。私はそうしたライフスタイルを愛する反面、たしかに、いつかは根をはりたいとも思っているのだ。

 多少時間を持てたので、私はハウジングの側にあるテクノロジー関連専門学校の短期コースで、いくつかコンピュータ関連授業を受けることにした。そこの学生らとも交流関係ができた。
 彼らは、付近のハイスピードINTERNETカフェがどこにあるのか教えてくれた。
その辺りでは、RICHARDS STREET と、PENDER STREET の交差点にあるネットカフェの、INTERNETがハイスピードだという事だったから、そこに入り浸るようになった。
 
   ***

 ロベルトが宇宙に発って、一月くらい経った頃、私のフリーメールに彼からの一通が届いていた。

   ***

(最後のロベルト・メールの日本語訳)
『ボクは、今、窓の外に見える星の海を見ている・・・チャンはもう忘れたかもしれない、彼女の言葉を思い出しながら。
「家族というのは芸術ではない・・・、それは、人生の通過点の美しい瞬間の一つ」

ボクは、子供を大切にする養父母の愛情の中で暖かく育った事を思い出し、感謝した。美しい瞬間は、大きな意味のある時間なのだ。それは、ある一定の時間、輝き、そして、大きな流れに溶け込んでいくのだ。そんな気がした。星の海は人を詩人にするね・・。

更新日:2011-02-26 12:30:46

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マック・デビッド・エストの壮大な旅路