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輪廻

 日の昇ると呼ばれた国のある年の暮れ、淡海(おうみ)の湖(ウミ)が凍った極寒の夜明けに、あたしは生まれた。



 戦国(いくさのくに)と呼ばれている瑠螺蔚(あたし)が生きる今からは、1200年も前の事である。



 まだ、神々の霊力(ちから)がそこかしこに満ち満ちていた頃だった。巫女も多く、人は神を畏(おそ)れ、精霊を信じた。今よりも、もっともっと神は身近だった。



 母の御影(みかげ)によって、あたしは名を真秀(まほ)とつけられた。真澄(ますみ)という歳の離れた同母(いろ)の兄もいた。真澄の外見はこの上なく美しく、しかしその代わりに目も見えず、耳も聞こえず、口もきけない神々の愛児(マナ)だった。



 親子三人で、淡海でひっそりと暮らしていた。



 淡海国は、息長(おきなが)という一族が治めている土地だった。子は母のものとなる。御影は息長の一族ではなかった。余所者はどの時代も変わらず集団から弾かれ、後ろ指を指される。



 業病に侵されて動けない御影と、目も耳も口も使えない真澄のかわりに、あたしは幼いころから身を粉にして働いた。そうしなければ生きていく一粒の米さえ手に入らなかったから。味方はいなく、石を投げられいじめられる生活だった。けれど決して辛くはなかった。二人がいたから。



 そんな中で、育ったあたしはいつしか夢をみる。



 自分がいじめられるのは仕方がない。だってあたしは息長の一族じゃないのだから。ただ、御影にも一族がいるのなら会ってみたい。そこは、きっとあたしたちを拒絶したりしない。











「おまえ、真秀とか言ったわね。もう、出ておゆき。見なければよかった。佐保(さほ)の女の姿など」
「佐保って、なんなの」
 ようやく、それだけを言うのがやっとだった。
 すでに背を向けていた氷葉州(ひばす)姫は、意外そうに振り返った。
「おまえは佐保の出でしょう?隠さなくてもいいわ。別に、おまえをどうかするつもりもないわ。只(ただ)、見たかっただけよ。佐保の女とやらは、どれ程美しいのかを」
「じゃあ、御影は佐保とかいう一族の出なの?その一族は今もあるの?」
 茫然として問い返す、その声がか細く震えた。
 御影が属する部族。母なる部族。
 それは、真秀がずっと知りたがっていたことだ。
 父がヤマトの大豪族の首長(おびと)だというのは知っている。でも、御影や真秀達母子をとうに捨てた男だ。そんな男の一族に未練はなかった。
 でも、母の御影が属する部族がありさえすれば――その一族なら、自分たちを同族と認めてくれるだろう。
 なんといってもこのヤマトの国の族(うから)は、みなみな母の血で結ばれているのだ。どの一族もそうだ。息長だってそうだ。
 息長の女にも、他部族の男が密かに通ってくることがある。息長の男たちは内心、面白く思わない。
 だが他部族の男でもいいと女が決めてしまえば、誰も口出しできない。やがて子が生まれる。
 そうすれば、それは息長の子なのだ。決して、通ってくる男の一族には渡さない。子は、母なる部族に属するのだ。だから、和邇(わに)を父に持つ真若(まわか)王も美知主(みちのうし)も、息長の王子なのだ。父に繋がる和邇族ではない。
 それは、神代(かみよ)の頃から定められた神々の掟(おきて)だ。
 聖(きよ)らかなものも、卑しいものも、全ては母の血から伝わるのだ。
 だから、御影が属した部族がありさえすれば、その一族はちゃんと認めてくれるだろう、真秀や真澄は同族だと。
 息長の邑(ムラ)でヨソ者だと思い知らされる度に、真秀はいつも思っていた。御影の本当の一族がありさえすれば、と。












 春日(かすが)なる佐保は確かに御影の母族だった。



 けれど、あたしの希望は粉々に潰えた。



 佐保は、ヤマトの他のどの族よりも、神々の霊威(れいい)に満ちた族だった。そのかわりに、同族としか逢わず、他族の血を嫌って生きのびてきた族だった。



 御影はその、佐保の姫だった。



 御影の母の加津戸売(かつとめ)は、子を産むときに予言をしていた。



『私の今から産む児のうち、霊力の無い方は佐保を滅ぼす児を産む』



 双子で生まれた児のうち、片方は予言どおりに霊力を持たなかった。それが御影だった。



 御影の産んだ児、あたしと、真澄。



 その強大な霊力で以(も)って佐保を治める巫女姫に予言された、滅びの児だった。

更新日:2012-06-07 10:49:29

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