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文櫃

 朝目を覚ましたら由良(ゆら)がいた。



 あたしの枕元でしっかり正座し、思わずあたしがびくりと体を揺らしたのにも反応せず膝の上で握りしめた拳を見詰め唇をきつく噛みしめている。



「・・・えと?」



「高彬(たかあきら)兄上さまから、全てお伺いしました」



 由良ははっきりとした声で言った。



 あたしは寝起きで頭も回らず、すぐにはその言葉を飲み込めないまま目をぱちくりさせた。



 ぱちくり。



 ついでにもひとつぱちくり。



 ・・・なんですと?



 高彬が、由良に、全て言った?



 高彬が!?由良に!全て言ったぁ!?



「ゆ・・・由良」



 ようやく状況を理解して由良の名前を呼んでもその続きの言葉が出てこない。



 『全て』って・・・『全て』!?



「え・・・っと、なにをどこまで・・・いや違うのよ、きっと何かええと・・・」



「瑠螺蔚(るらい)さま」



 由良の強い声が、あたしの吃(ども)る声を押しやった。



「私、これから三浦様のところへ参ろうと思います」



「えっ!?」



「真実をあの方の口から聞きたいのです」



 そう言った由良の目は、一晩中泣いていたのか真っ赤だった。



「瑠螺蔚さまも、兄上様も、私のことをとても大事にして下さっていますから、嘘や冗談でも、私が傷つくようなことはおっしゃらないでしょう。それを疑っている訳では決してないのです。ですが、私も三浦様と生涯を添い遂げると、一度は心に決めた身で御座います。人伝えで話を聞いて、はいそうですかと納得できるような簡単な気持ちでもございません。瑠螺蔚さま」



「は、はい?」



「昨夜、瑠螺蔚さまのこと少しでも疑ってしまった私を・・・許していただけますか」



 由良の固張っていた表情が一瞬にして崩れ、その唇が戦慄(わなな)いた。



「許すも許さないもないわよ!」



 その涙がこぼれ落ちるより前に、あたしはがばりと衾(ふすま)を撥ねのけると、由良を抱きしめた。



「由良、あんまりあんたの『瑠螺蔚さま』を見くびるんじゃないわよ」



 あたしは由良を抱きしめたまま言った。由良は小さくはいと言う。



「この先、あんたがあたしのことを疑ったり、嫌ったりするようになっても、それはいいのよ」



「瑠螺蔚さま!?そんなこと・・・」



 矢庭に藻掻く由良を押さえてあたしは続ける。



「いいから、聞いて。もしも、そうなったとしても、あんたは別にあたしに悪いとか思わなくて良いわ。無理に心を偽る必要もない。あり得ないことじゃないでしょう。仲が良いとはいえ、この乱世。違う家に生まれた以上、前田家と、佐々家が敵同士になることだって、あんたの夫の首をあたしがとることだって、あるかもしれない。そしたら、あんたは迷わず佐々家や、自分の夫の味方するのよ。絶対に。あたしのことは考えなくていい。思う存分『前田瑠螺蔚』を恨んで、憎みなさい」



「瑠螺蔚さま・・・」



「ただ・・・ひとつだけ、忘れないで欲しいのは、あたしは由良のことが大好きってこと、それだけ。だからどんな事が起こっても、あたしが由良を嫌いになることは決してないし、いつでもあんたの『瑠螺蔚さま』は、あんたの味方よ。・・・酷いこと言って、泣かせちゃってごめんね」

更新日:2013-04-11 23:59:22

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