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「ほら、ゼン、今日の朝ごはんの残りだけど、よかったら食べて?」
私は小さいパンの欠片をさらに細かく千切って、黒い猫の額をゆっくりと撫でる。
「ペット賞……当たるといいなぁ……」
先日、私はゼンを菫伯母さんの家で飼ってもいいか、思い切って伯母さんに相談しようとした。けれどそれは、誰何になるまえに、私自身の中で答えを見つけてしまった。もちろん、答えは否。これ以上迷惑をかけることなんて、しちゃいけないんだ。
「ごめんね、ゼン……」
言葉で尽くすのが精いっぱい。私は、結局何の役にも立っていない……。
そういえば、応募結果、今日発表されるんだよな~……。
まぁ、当たってるわけ、ないけど……。
なぜか期待してしまう私。
「じゃあ私、もう行くね? 学校あるし……」
いつものように学校への道、アマタ通りをまっしぐらに走っていく。
「うわ……あああ……」
幼い声のする方へ振り返ると、そこには何段ものの階段。その最上には、長髪の小さな女の子。
――この天辺って確か、倉浪(クラナミ)神社……とか言ったよね? いつもは全然気にかけてないからよくは知らないけど……誰か住んでるのかな? にしては手入れがちゃんとされてないような……。
「あ……そこのあなた……取ってもらえますか」
わずかながらも響く彼女の透き通った声に驚きを隠せなかった。けれど、すぐ我に返り、その階段を、風を切りながら転がり落ちてくる手鞠に気付いた。それはやがて私の足元まで近づいてきて、踵あたりにぶつかって動きを止める。
「あ、じゃあこれ、今そっちに……」
それを拾い上げ、私はまた階段の上を見上げた。が、
「ありがとう」
ついさっきまでそこにいたと思っていた女の子が、いつの間にか目の前に移動していた。
「あ……あれ……?」
目を何度こすっても、彼女の姿はここにあった。
「君、今いつの間に――」
「お前、さっきから誰と話してんだ? 不気味なんだけど」
「……? 誰って、この――」
ってあれ……、おかしい。また、少女は消えていた。
「まぁ、どうでもいいけど、早くしないと学校遅れるぞ」
「?」
「その制服。あんた、箍高の生徒だろ?」
「あ、う、うん」
慣れない言葉を交わされた私は、どう反応していいのか分からなくて、つい絶句してしまう。
……そう、慣れな言葉に………って!!? え!?
「あ、なんか、買ってきましょうか?」
「は? あんたなに言ってんだ? 朝からボケてんじゃねえぞ」
「え? あ、昨日焼きそばパン欲しいって言ってた方ですか?」
「……? そんな漫才と付き合ってる暇ないんで、先、行かせてもらうぞ」
え……ちょっと待って!!?
もしかして……今、私、パシリ以外の目的で、同じ世代の、同じ人間に話しかけられてた……!? しかも初対面の人に?
同じ箍未(たがみ)高校の制服を着て、無愛想な表情を浮かべた人。
私は遠ざかっていくそのぶっきらぼうな背中を、なんだかくすぐったい気持で見送った。
そして不器用な私の中では、もうすでにそのことしか頭になくて、つい、さっき見た不思議な少女のことをすっかり忘れていたのだ。
そう、私がまだ何も知らない、この時からもう物語は幕開けしていたのだ。
私は小さいパンの欠片をさらに細かく千切って、黒い猫の額をゆっくりと撫でる。
「ペット賞……当たるといいなぁ……」
先日、私はゼンを菫伯母さんの家で飼ってもいいか、思い切って伯母さんに相談しようとした。けれどそれは、誰何になるまえに、私自身の中で答えを見つけてしまった。もちろん、答えは否。これ以上迷惑をかけることなんて、しちゃいけないんだ。
「ごめんね、ゼン……」
言葉で尽くすのが精いっぱい。私は、結局何の役にも立っていない……。
そういえば、応募結果、今日発表されるんだよな~……。
まぁ、当たってるわけ、ないけど……。
なぜか期待してしまう私。
「じゃあ私、もう行くね? 学校あるし……」
いつものように学校への道、アマタ通りをまっしぐらに走っていく。
「うわ……あああ……」
幼い声のする方へ振り返ると、そこには何段ものの階段。その最上には、長髪の小さな女の子。
――この天辺って確か、倉浪(クラナミ)神社……とか言ったよね? いつもは全然気にかけてないからよくは知らないけど……誰か住んでるのかな? にしては手入れがちゃんとされてないような……。
「あ……そこのあなた……取ってもらえますか」
わずかながらも響く彼女の透き通った声に驚きを隠せなかった。けれど、すぐ我に返り、その階段を、風を切りながら転がり落ちてくる手鞠に気付いた。それはやがて私の足元まで近づいてきて、踵あたりにぶつかって動きを止める。
「あ、じゃあこれ、今そっちに……」
それを拾い上げ、私はまた階段の上を見上げた。が、
「ありがとう」
ついさっきまでそこにいたと思っていた女の子が、いつの間にか目の前に移動していた。
「あ……あれ……?」
目を何度こすっても、彼女の姿はここにあった。
「君、今いつの間に――」
「お前、さっきから誰と話してんだ? 不気味なんだけど」
「……? 誰って、この――」
ってあれ……、おかしい。また、少女は消えていた。
「まぁ、どうでもいいけど、早くしないと学校遅れるぞ」
「?」
「その制服。あんた、箍高の生徒だろ?」
「あ、う、うん」
慣れない言葉を交わされた私は、どう反応していいのか分からなくて、つい絶句してしまう。
……そう、慣れな言葉に………って!!? え!?
「あ、なんか、買ってきましょうか?」
「は? あんたなに言ってんだ? 朝からボケてんじゃねえぞ」
「え? あ、昨日焼きそばパン欲しいって言ってた方ですか?」
「……? そんな漫才と付き合ってる暇ないんで、先、行かせてもらうぞ」
え……ちょっと待って!!?
もしかして……今、私、パシリ以外の目的で、同じ世代の、同じ人間に話しかけられてた……!? しかも初対面の人に?
同じ箍未(たがみ)高校の制服を着て、無愛想な表情を浮かべた人。
私は遠ざかっていくそのぶっきらぼうな背中を、なんだかくすぐったい気持で見送った。
そして不器用な私の中では、もうすでにそのことしか頭になくて、つい、さっき見た不思議な少女のことをすっかり忘れていたのだ。
そう、私がまだ何も知らない、この時からもう物語は幕開けしていたのだ。
更新日:2012-01-06 21:10:11