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小説

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第一部: 選ばれなかった者

「おいクズナ、とっとと買ってこいよ!! あんた、缶ジュース買うしか能がないんだからさ」

「あ、コーラ4本追加ね~」

「俺、焼きそばパン」

「じゃあ、私はポテチで」

「えっ、でも、もうさっきのでお金全部使っちゃって――」

「はぁ!!?? んなもんどっかから取ってくればいいだろ!!」

 そんなこと、できるわけないですよ……。
 私はとっさに言葉を飲み込んで、その場を仰ぐように駆けだした。


「978円です」
 ――……本当は使いたくなかったんだけどなぁ……。
 
 私がブレザーの右ポケットに隠し持っていた1000円札を取り出すと、店員は手際良くおつりを手に取る。
 
 ――22円じゃさすがになにも買えないよね……。

「22円、おつりです」

 銀貨の下にレシートと、もう一枚別の紙を付けて差し出される。

「ありがとうございましたぁ」
 
 店を出たあとに、私はさっきもらった紙を吟味した。

【豪華賞品プレゼントキャンペーン……下記の住所にハガキで応募ください】

 私はつい、ペット賞の枠で囲まれた、キャットフードに意識を注いでしまう。
 ――これならゼンも喜んでくれるかな?
 こないだ河原の近くで見つけた捨て猫。私にはそんな猫を救うことなどできないけれど、せめて最低限の食事を与えることならできると思った。

 路地裏に戻る途中、家に寄り、伯母に応募許可をもらおうと腹を固めた。

「た、ただいま」

 返事は戻ってこない。けれど玄関に靴は置いてあることから、いるのは確かだ。

「あ、あの、菫おばさん? これ、ここの住所使って応募しても良い?」

 私がキッチンに入ると、そこにはどこか空しい菫伯母さんの後ろ姿があった。

「そんなくだらないもの、必要ないでしょ? どうせ当たるわけでもないんだし。さっさと勉強でもしたらどう? この前の期末、最下位だったんだって?」

「あ、それは……――」

「もう、あんたの母親が厄介な事件に巻き込まれたおかげで、こっちは散々――」

 鋭い言葉を突き付けられ、私は無理にでも会話を伽ってニ階へ駆け上がっていた。癒えていない傷を抉られたようで、胸の内が鈍い痛みに支配される。
 一人部屋に閉じこもり、早速ハガキに必要事項を記入して、いってきます、と呟いた。

 いつからだろう。私の母が2年前、交通事故で亡くなってから、私は田舎にあったこの、菫伯母さんの家に居座らせてもらっている。伯父さんも前まではここに住んでいたらしいが、気の毒なことに達の悪い病にかかって亡くなってしまった。

 私がこないだ押し入れを整理していたときに見つけたアルバムには、まだ若いころの菫伯母さんが楽しそうに写っていた写真があった。私にはそれが、今ここにいる伯母さんとは別人のように思えて仕方がなかった。

 この家に居座らせてもらっている分際で私がこんなことを言うのも失礼だが、私は菫伯母さんの笑った顔を見たことがない。誰か大切な人を亡くす、というのは、自分の人格さえ変わってしまうほど切ないものなのか。それとも、私が彼女の家に住むことで、彼女に負担をかけているのだろうか。だから、ストレスがたまって人格が……。まだ、今の私にはわからない。

「ごめんなさい、菫伯母さん……」
 
 さっき買ったものを片手にぶら下げ、坂道の途中にあるポストへと祈りを託しながらハガキを押し込んだ。
 なぜか、さっきよりも足取りが重くなっていた。


「お前、そんだけのもん買ってくるのにどんだけ時間かかってんだよ!!」
「ったく、トロいんだよ、てめえは!!」
「す、すみません」

 理不尽な理由で頭を下げるのにも、もう慣れてしまったのか……。なんだかこんな自分に呆れる。
 最初のうちはもちろん、何の罪も犯していないはずの自分が、好きでもない人たちに謝罪するということに抵抗を感じていたが、やっと体が理解した。こうでもしないと、私は本当にただの役立たずになってしまうのだ、ということを。

「本当にクズだな、お前は」
「つかいも碌にこなせないてめぇが、生きていて何の役に立つんだよ」

 こんな窮屈な生活にいつか終止符がうたれることだけを祈って、私はか細い毎日をつむいでいた。

更新日:2012-10-31 07:04:14