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闇の中の光3「-狂人- 異界への道」

 ここは、日本上空だ。戦闘機は、マッハさえもを上回る物凄いスピードで上空一万メートル近くの日本上空を通っている。
 まだ基地を出てから三十分も経っていないというのに、既に東北地方を通過していた。
 最大速度がマッハ2.5まで出るというのだから、それでもまだまだ遅い方なのだ。
 もしその気になれば、今頃ロシアのカムチャッカ半島を通過していることだって、おかしくはない。
 だが、初心者の柊斗にとっての身体的な負担は計り知れないものだった。
「どうだね。身体の負担は激しいか」
「あ、はい……。かなりキツイです……」
 柊斗の弱々しい声が、空将の耳まで伝わらない。音は、すぐにかき消される。
 柊斗の様子からは、リラックスをして暇を持て余すなどという余裕は、微塵も感じられない。
 むしろ、この締め付けるような負担から逃れることだけに必死で、時間はそれだけのために過ぎて行った。
 いくら、ヘルメットや戦闘機用の酸素マスクをつけいてるとはいえ、気圧は一気に下がり、超高度を物凄い速度で航行しているのだ。
 慣れるまでの辛抱だ、と空将が何度も励ましていたが、柊斗は忍耐出来ず、ついにはここまで来たことを後悔した。
「あ、あの……。あと何時間くらいかかるんですか……」
「どうだろうな。もう少し速度を上げたらあと二時間足らずで着くんじゃないか」
 アラスカと日本の時差は約十八時間はあると言われている。
 空将が言うには、アラスカ州のアンカレッジという港湾都市にあるという、アメリカの空軍基地であるエルメンドルフ空軍基地という場所へ向かっているという。
 そして、そこまでの距離は約六千キロもある。マッハ2で航行しても、少なくとも二時間半はかかる。
 今の速度のままだと、片道だけで、その倍はかかる。
 速度は上がってほしくない。だが、速度を下げれば、到着までの時間が長くなる。
 時間を短くしたければ、速度を上げねばならないのだ。柊斗にとってそのどちらも苦痛だった。
 それならば、もうあと一つしかない。
「じゃあ……。高度を下げることは出来ますか……」
 初めて航空機に搭乗する柊斗は、何故空将が態々雲の上を飛んでいるのか、疑問に思っていた。
 高度さえ下げれば、いくらスピードが出ていようと、負担は少なからず減るのではないかと考えたのだ。
 それに、外の温度は既にマイナス五十度を超え、いくらエンジンの熱で温められた機体の中で防寒しているとはいえ、寒さもこみ上げてきた。
「初心者だから慣れんだろうなぁ……。だが、高度一万メートルを超えたあたりは、成層圏と言って飛行するにあたり一番安定するところなんだ。……すまん、私も負担が掛からないように努力するから、もうすこしだけ我慢してくれんかね……?」
 柊斗はそれを聞くと、どうも仕方ないのだろうと空将の言うままに従うしかないと、諦める。
 成層圏は温度も低いし、空気も薄い。しかし、それだけ空気抵抗も少なく燃料を使わずにするという利点がある。
 また、嵐や雲も少なく、乱気流にも巻き込まれにくいことから、この高度が航行する上で一番適切だと判断できるのだ。
 大空の上は、岐阜の早朝の様子とは裏腹に、かなりの晴れた空だった。
 元々、雲などが見受けられない高度に位置しているからだ。
 だからと言って暖かいわけはなく、このような高緯度な場所は気温マイナス五十度など優に下回ってしまう。
 空将にとっては、どこがどの位置で、今が高度何フィートなのかなどは、簡単に把握できてしまう。
 現役のパイロットでないのに、ここまで年季が入っていて、器用に操縦してみせるのだから、本来褒められるべきことなのだが、柊斗にとってその価値が分かるものではなかった。
 ただただ頭の激痛を和らげたかったのだ。
 二人が搭乗しているのは、航空自衛隊の主要戦闘機である、F-15の複座式であるDJ型だ。
 元々は、F-15Dの日本型なのだが、日本でも五十機程度しか存在しない珍しい機体なのだ。
 新米パイロットの育成にしばしば使われるが、航自のマニアにとっては、この機体に搭乗することが一つの夢にもなっている。

更新日:2011-01-10 17:29:17

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