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05――いざ、ダンションへ――


「――……ジュ、……ルアージュさん!」

「うわ!?」

名前を呼ばれてルアージュは飛び起きる。ゴン、と鈍い音がして何かとぶつかってしまった。
すぐに「キャッ」という可愛らしい悲鳴が聞こえ、ようやくルアージュは覚醒した。

――そうか。昨日はあの後眠くなって宿に戻ってきたんだっけ……。

そう思いながら周りを見ると、一人の女性が額をさすっているのが見えた。
先程のゴン、の音はきっと頭をぶつけ合ってしまった音だろう。

「あ、セシリア! ごめん、大丈夫?」

「平気です。朝食の用意が出来たので呼びに来たのですが……」

額を抑えながら笑顔を見せる女性――セシリアは笑顔でそう言った。
彼女は人間ではなくてエルフという種族である。見た目で違うのは尖った耳だけで後は普通の女性とどこも変りはない。
むしろ普通の女性よりも可愛らしい。彼女はこの宿屋にホームスティしながら
アルヴァーナ一の金持ちであるヴィヴィアージュ家にメイドとして務めている。
今日はメイドの仕事はお休みらしく、いつもきっちり手入れされたオレンジ色の髪がまだ結われていない。

「そっか、わざわざすまない。……というか女性の顔に傷をつけてしまうなんて、本当にごめんね」

言いながらルアージュはセシリアの額を撫でる。と、その瞬間二人の間をなにか銀色のものが勢い良く通り抜ける。
カシャーンッ、と派手な音を立ててその何か――フォークは床へ落ちる。

「貴様、セシリーから離れろ!」

おそらくフォークを投げた主であろう青年の声がドア付近から聞こえる。
セシリアはばっ、とそちらのほうを向くとその青年を叱りつけた。

「ジェイク! 何をしているの? 食器を投げるなんてお行儀悪いわよ」

ジェイクと呼ばれた青年は聞かない、とでも言うようにふんっ、と彼女から顔を背けてしまう。
そんな二人のやりとりを見ながら、ルアージュはやれやれ、と頭をかいた。

青年――ジェイクは宿屋の一人息子。銀髪の短い髪に、つり上がった黄色の目をしている。
彼もセシリアと同じエルフだ。セシリアに気があるのは言うまでもないが、セシリアのほうは気づいていない様子。
鈍感な彼女だからこそ愛らしいのだろうが、彼の思いに気づく日は果たしてくるのか。
そのせいで、昨日からルアージュは敵対心をむき出しにされていた。

「飯の時間に、時間通り起きてこない奴なんて放っておけばいいじゃないか」

キッ、とルアージュを睨みながらジェイクは言う。ずいぶん嫌われたものだな、と思いながらも
ルアージュはあえて何も言わない。ここで何かを言ってもも火に油なのは目に見ているからだ。

「ちょっとジェイク! お客様になんて事を言うの!」

「客? 金も払ってないくせに、客扱いしろって?」

「ちゃんとその分働いてくれるって約束じゃない! そんな言い方よくないわ」

「はっ、軍人上がりに何が出来るって? ここは戦場じゃないんだぞ!」

ギャーギャーと言い合いを始めてしまった二人に、どうしたものかとルアージュは頭をかかえる。
話の真っ只中にいるにも関わらず、まるで自分は関係ないような態度だった。
実際関係ないと言えば関係ない。ジェイクが何を言おうとここには働く、という約束で泊めてもらってる事実は変わらない。
それに彼は他人にどう思われても気にしない。そうではなければ軍人などやっていけなかったからだ。

「おい、ジェイク! いるか?」

二人が言い合いをしている中に、聞き覚えのある声が入ってくる。
ドアから顔をのぞかせたのは、そう――バレットだ。

「なんだ、バレット。今は取り込み中だ」

「お前らはいつも取り込み中じゃねぇか。それより手伝え、“また“カイルがダンションで迷っちまった」

バレットのその言葉に、ジェイクは「またか! あの方向音痴!」と怒鳴るとさっさと部屋を出ていってしまった。
それを了承の意を解すると、バレットはルアージュのほうを向く。

「ちょうどいいや。アンタも手伝ってくれよ、軍人さん」

皮肉めいたその言葉に、ルアージュははいはい、と返事をした。





――――――――

――――――――――――――

セレッソの花が咲き誇る丘、その花びらを荒々しく踏みながら歩く女性が一人。
後ろには、ゼークス帝国の紋章が入ったマントを羽織る軍隊を引き連れていた。
女性は凛、とした顔立ちをしていて、まさに軍人、それもかなり腕のたつ者と見受けられる。
淡い桃色の髪を肩の上まで伸ばし、左目には眼帯をしている。

女性はアルヴァーナ、と書かれている門の前で止まると、軍にここで待機するように命じた。
街を見る彼女の目は、まるで獲物を狩る虎のよう。

「……ようやく見つけた。二度は逃がさんぞ、ルアージュ!」

そう、小さく呟くと街へと足を踏み入れた。



to be continued……

更新日:2011-01-03 21:42:07

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