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3.


 名前も顔も知らない先輩に声をかけられた時は、何が起こるのかと思った。
 私の通っていた中学校は、お世辞にも優等生が多いとはいえない学校だった。私が一年生の時の三年生は特に最悪で、その年の前半は、先輩の呼び出しの標的にされていた。とにかく頭が悪いしゃべり方で、凄めばこっちが怖がると思っている。
 一番多かったのは「ガンをとばすな」だった、と思う。お前に視線を向けているほど私は暇じゃない、と言ってやりたかったぐらいだ。なんだかんだと難癖をつけ、同じ事を何度も言い、最終目的地はいつもあやふやで、十分な時間をかけた割には収穫はゼロ……みたいな問答の繰り返しだった。私は聞いていてイライラした。それでも私なりに、先輩としての体裁を貫かせてやろうと遠慮して、後輩をやっていた。「まさか、先輩にガンとばすなんて――ありえません。すいません、目が悪いので」これが私の常套手段。脅えたふりをして頭を下げれば、相手は満足して去っていく。威厳を保つための弱い者いじりに付き合う義理はない。
 
 高校に入ったら、こんなつまらない事はなくなるだろうと思っていた。だから、彼に声をかけられた時、私の頭には中学校時代の危機回避手段が一瞬で戻ってきた。ガンとばすなじゃなかったら、なんて乗り切ろうかな。
 一つ年上の村木と名乗った先輩は、難癖をつけに来たわけでも、ヤキを入れに来たわけでもなかった。彼らの領域に入らない限り、男子が女子に喧嘩を売ることはない、はずだ。そして私は、入学してからさほど時間も経っていないし、そこに踏み込んだ記憶もない。

 私は、告白されてしまった。

 初めてだ。
 十五年間生きてきた中で初めての告白を、忌々しい中学の思い出と一緒にしてしまうとは――。
 しかし、一目ぼれ……か。いまいち理解に苦しむ。顔や名前しか知らない他人を、どうやって好きになるのだろうか?
「……なぜ?」
 私の口から出てきた言葉は、これだけだった。これでは、全く意味が分からない。彼の顔にも大きな“?マーク”が浮かんでいる。それでも彼は、懸命に私の質問に答えてくれた。バカにしている風もなく、機嫌を損ねたわけでもなさそうで、私の彼に対する第一印象は○。◎をあげてもいいぐらいだ。

 外見が気になって、中身を知りたくなる。それは、私にどんな魅力があるってことなんだろうか?
 いまいちピンとこなかった一目ぼれのカラクリは、もう少し時間をかけて考える方がいいだろうと結論付けた。

更新日:2010-12-02 13:23:26

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