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NO.3 浅丘 柚胡 著 サンタクロースからの贈り物

自作小説倶楽部12月期小題「雪・氷」


 Present from Santa Clause ~サンタクロースからの贈り物~


 十二月二十四日、クリスマス・イヴ。午前三時。
 昼夜問わず、多くの人が行き交う東京の街はいつも以上に上品な姿の人々が溢れている。瞬く星が見えない程に明るい夜は、赤、青、緑と黄などの色とりどりの光や電飾が加わりより一層賑やかだ。
 子どもたちもまた、温かい毛布にくるまり、静かに寝息をたてている。頭の近くに飾られている大きな靴下はプレゼントを入れるための物。彼は優しく光るクリスマスツリーの光に囲まれて天使のような微笑みを浮かべていた。
 しかし、濡れ羽色の長髪を持つ少女は一人だった。大きな皿に盛られた温かいご飯を分け合う家族はいない。寒いこの夜を一緒に過ごしてくれる恋人もいない。眠れないほど自分を楽しませてくれる友人さえいない。
 彼女が持っているものは、この寒い時間をを過ごすには頼りない白いヴァイオリン。それのみだった。
 赤くかじかむ白魚のような手で紡ぎ出す音色は聖夜に相応しく、芯が通っている。心の闇を一掴みされたかのような、悲しくも聴き入ってしまう音。
 白い弦楽器と同じ色のドレスは彼女の身体に沿い、十七歳にして妖艶な姿を映し出す。長い黒髪も解き放たれて絡まることもなく宙に舞っていた。
 曲が展開部にさしかかった時、余韻も残さずに独奏を止める。そして、
「独りも……ある意味いい……のかしら」
曲に続く音は諦めの言葉だった。小さな言霊は風によって遠くへ飛ばされる。
「クリスマスってこんなに寂しいものだったかしら?」
広い高層ビルの屋上には彼女しかいなく、問いに答える者はいない。地に足をつけた黒髪の天使は、悲しさにただ嘲笑うような笑みしか浮かべなかった。

                  ☆

 銀杏の葉が色づき始めた十月頃。

 「紗雪、私の仕事を手伝ってみないか?」
唐突だった。久しぶりに帰宅した父と一緒に食事をしていた為、ステーキが喉につかえて苦しかった。
「慌てるな。といっても、慌てさせたのは私か……」
「いえ、そんなことは……」
「お前も立派に十七歳なる。橋元財閥の後継者として考えている」
「でも、香海お姉様が……」
「だからだ。香海が十歳にして財閥に貢献したからこそ、血を分けた妹の紗雪にもできるはずだ」
 紗雪は世界に名を馳せる橋元財閥の会長、橋元興起の娘である。姉は十歳にして経営の一部を携わってきた。母は有名な業界人だ。紗雪自身もバイオリンの才は秀でているが、仕事に関してはまだまだ疎かった。
 「うむ……まぁ時間は沢山あるさ。ゆっくり考えなさい」
正直、嬉しさ反面、戸惑いもある。しかし、
「やっ、やらせてくださいっ!」
「ふふ、それでこそ私の娘だ」
満足そうな父の顔は、新しい玩具を見つけたかのような子どもの顔に似ていた。
「でも、一ヶ月間経済学を学ばなければならないよ? 普通は何倍もの時間が必要だけれど……紗雪さんならできるよ」
父の秘書の一人――秘書にしては幼さが残る金髪の青年が口を開く。青い瞳が印象的だった。
「えっと、お名前は?」
「あぁ、自己紹介がまだだったね……。僕はレオ・サンタクロース。会長の秘書をさせていただいてる」
差し出された右手を慌てて握り返す。
「ど、どうも。橋元紗雪です」
「レオ君はね、優秀だよ。今、二十二歳で、ここに入社したのが半年前だ。仕事先でスカウトしてしまってね」
父の顔が緩む。どうやらかなり気に入っているみたいだ。
「凄いのですね、レオさん」
「だから、本当は彼を手放すのが少々惜しいのだよ」
「会長…大げさですよ」
「お父様ったら……」
「大げさじゃない、彼は本当に優秀な人材だ」
父は子どものように主張した。
 次の日から一日十二時間の勉強が始まった。経済学とは堅苦しいものだと思っていたが、彼のおかげで楽しく学べた。
「紗雪ちゃん、凄いね。……よくできたから、ご褒美にヴァイオリン弾いて?」
紗雪『さん』から紗雪『ちゃん』へ変わっていった。
「私が弾いたらご褒美じゃないですよ?」
「確かに、そうかもね。じゃー……一緒にヴィオラでも弾こうかな」
 「よくできたね」と言っては、休憩の間に二人でチャイコフスキーやベートーベンのヴァイオリン協奏曲を奏でた。彼の音色は相性が良くて、心地いい。
「レオさん、なかなか上手ですね」
「皮肉? これでも発表会とかよく出ていたんだ」
「えぇ、皮肉です」
「でも、紗雪ちゃんに褒められるのは光栄だな」
彼は微笑んだ。
 レオさんといる時間は楽しくて、あっという間に駆けていってしまう。本当に、自分を優しく包み込んでくれる。――彼がそばにいるのが当たり前になっていた。

更新日:2010-12-19 15:54:04

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