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NO.2 紫草著  「雪・氷 『誰が降らせた、この雪を』」

 
この物語はフィクションです。登場する人物・事柄は全て架空のものです。



 有名な都内の高級ホテルの最上階スィート。
 クリスマスイブの夜。
 そんな部屋をイブの十日前に、意図も簡単に取ってしまう女。

 食事の予約も、ホテルの予約も、全部彼女が一人でやった。
 自分はただ、時間と場所を告げられただけ。

「ちょっとさ。聞いてもいい」
 絶景とも呼べる、ネオン溢れる都会の夜の街を、ずっと窓辺に佇み眺めている彼女に声をかけた。
 振り向くこともなく、何、とだけ声がする。
 聞いてもいいかと言いながら、次の言葉を発しなかったからだろうか。彼女は、かなり経ってから振り返った。

「何」
 改めて、同じ科白を自分に向けられた。
 聞きたいことは山のようにある気がする。
 でも、何一つ聞くことはできなかった。

「沙柚」
 彼女を見たまま、彼女はこちらを見たまま、長い時が流れていった。そして自分の口が漸く紡いだのは、彼女の名前だった――。


 沢田凪が沙柚に会ったのは、今からもう三年前のことになる。
 寒い冬の夜。
 行きつけの飲み屋へ行った時、その扉の脇に立っていたのが沙柚だった。

 誰かと待ち合わせかと思ったので、そのまま彼女を残し店に入った。
 少し暗い照明と、ジャズの流れている店だった。たまたま見つけた店の常連になったのは、マスターの人柄だろう。穏やかな人で飲んでいても邪魔をせず、でも時折会話をかわし、そして旨い肴を出してくれる。
 店内に入って、殆んど定位置といってもいいくらいのカウンター席に座ると、窓越しに彼女が見えた。
 特に気にしたわけではなかった。そう思っていた。ただ視線を、時折彼女に向け捜していたらしい。
 気になりますか、と言われて初めて、自分の行動をマスターに気付かされた

「僕も気になってるんですけれどね。でも僕が声をかけたら店に誘っているようなもんでしょ」
 彼はそう言って、グラスを拭いていた。
 きっと、それで終わる話だった、その次の言葉を聞かなければ。
「開店時間からずっといるんですよね。もっと前かな。かれこれ三時間ですよ。今夜は冷えるから、そろそろ帰ってもいいのに」
 気付いたら、凪は彼女の腕を掴んで店の中に連れてきていた。
 三時間という時間は、彼女の全てを、まるで氷像であるかのように凍らせていた――。


 今夜。彼女は、紅の和服姿でホテルの窓際に立っている。
「はい」
 名前を呼んだ。だから返事をしたんだろう。それだけだ。
「沙柚って、結婚してるよね。イブに俺となんか一緒にいていいの」
 薬指の指輪は、三年前から外されたところを見たことはない。
「自分のこと。なんかって言う凪は嫌い」
 その赤い唇が、漸く凪の名を呼んだ。ただ問いの答えになってはいなかったけど。
 多分同じくらいか、少し年上の沙柚。

「沙柚って、もしかして凄いとこの社長の奥さんとか言うのかな」
 凪は、動きそうもない沙柚のところへ近付きながら話し続ける。何かを言っていないと夢のような気がしてしまうから。
「沙柚の今夜の予定は」
 細い体に和服の布地が新鮮だった。そのくせ髪はいつも自分でするようにまとめてあるだけで、髪飾りひとつ付けてない。
「ずっと凪といるよ」
 そう、と首筋に息だけで答えた。
 首をすくめても、着物だと首は丸見えだった。そのくらいの身長差だ。
「着物着てるってことは、脱ぐ気がないってことか」
 何故、そんなことを言ったのか。凪自身、分からなかった。彼女とは友だちだ。
 ホテルを取ったと言われて、勝手に勘違いをした自分の浅墓さを気付かれたくないと思ったか。
 いつのまにか、恋に落ちていただけだ。
 沙柚にそれを告げたことはなかった。それとなく分かっていてくれる気がしてた。そして彼女も憎からず想っていてくれると信じていた。

 偶然でしか会えない女から、連絡を取れる女になるまで二年かかった。マスターの店以外で会うまでに、更に半年かかった。
 三年経って、漸くあの出逢いの日がクリスマスイブだったことを思い出した。

-Ⅳへ続く-
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=463257&aid=21694509

著 作:紫 草 
Copyright © murasakisou,All rights reserved.

更新日:2010-12-11 08:11:40

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