• 57 / 186 ページ

第5章:遭遇

 ここは日本、午前25時過ぎ。
首都:東京に次いで2番目に大きい大都市Oの、北河内と呼ばれる地域に属するK市。高校1年生:中林美由輝(なかばやしみゆき)は、1週間後から行われる学年末試験に向けて、深夜ラジオを聞きながら、猛勉強の真っ最中であった。
 文系の彼女は、目下最大の敵である数学と、英語の勉強と格闘中である。現国と社会は選択科目で選んであるように、得意中の得意なので余裕で大丈夫だった。英語も中くらいの成績…と言った所なのでまだ余裕があるのだが、問題が数学である。
いつも赤点ギリギリラインで、担任教師からも『今回落とすと進級出来るか否か微妙』と、釘を刺されていたのであった。
「あー、もう!お父さんの嘘吐き。何が“お前が高校生になる頃には、高校は義務教育になってる”よ!」
 美由輝は父親に、半ば八つ当たりで文句を言っているが、昭和40年代頃より時の内閣文部大臣が、“15年後くらいを目安に、義務教育を高校まで引き上げて…“云々と発言してきていたのは事実であるから、決して父親が嘘吐きと揶揄される謂われはなかった。寧ろ嘘吐きなのは、国民を欺く政府の方であろう。
そんな国の動向を、まだ理解出来ていない美由輝には、関係の無い話である。
 集中力が途切れて、椅子を後ろへ反り返しながら、大きく伸びをした丁度その時、ラジオのDJがリクエストの曲を紹介し出した。掛かり出した曲は、美由輝が好きなバンドの新曲だ。
「丁度いいわ。ここら辺りで、ちょっと休憩」
 壁に貼ってあるバンドのポスターを見ながら、思わず口元が綻んでしまう。CD発売開始前のこの新曲を聴くのに、ハガキをいっぱい出しているのだ。本気で勉強をする気があるのかどうか、疑わしい限りである。
「何か飲もうかなぁ」
 曲が終わった辺りで美由輝は椅子から立ち上がり、下の階の台所まで足音を忍ばせながら慎重に降りて行き、お湯を注ぐだけのインスタント珈琲にミルクをたっぷりと入れてカフェ・オレを作ると、また足音がしないように注意しながら、2階の自分の部屋に戻って行く。
両親の寝室が台所のすぐ横にあり、起きて来られると色々と面倒なのだ。何かと難しい年頃なのである。
 部屋へ入ってベッドに腰掛け、ゆっくりカフェ・オレを飲みながら、視線を何気なく鏡に向けた時だった。部屋の照明を変えた訳でもないのに、鏡自体が急に光を放ち始めたのだ。何の変哲もない至って普通の安物の鏡が、神秘的な緑色の光を放っている…。何故か不思議と、恐怖心は湧いてこない。いや、寧ろその光は、見る者を安心させる温か味が感じられるのだ。
 美由輝は、そっとマグカップを机の上に置くと、1つ大きく深呼吸をして、ゆっくりと鏡の前へ移動して行く。自分の鼓動が耳の奥でドクドクと、大きく高鳴っている。
 彼女に、特に空想癖があるとかそういう訳ではなかったが、美由輝は常日頃から今の日常生活に、何故か昔から疑問があった。ここは自分が居るべき世界じゃない。自分には、もっと何か大切な使命がある筈だ…。
幼少の頃からそう感じ始め、何かの役に立てばと中学・高校とオカルト研究部に所属し、精神鍛錬の為にと空手も習っていた。
いつかこんな日が来ると解っていた。何故か自然と笑顔になる。
 鏡を覗き込むと、とても日本とは思えない、深い深い森の中の景色が映されていた。そっと鏡に触れてみると、鏡面に水面(みなも)のような波紋が広がっていく。更によく触ってみようと、掌を鏡へ押し当てた時!!
美由輝の身体が、鏡の中に呑み込まれてしまった。
「うっそ~?!」

 美由輝を呑み込むと、鏡は元の状態へ戻り、部屋に異常事態が起きた痕跡など、もう何処にも残ってはいなかった。
大都市Oの北西に位置するK市、午前25時過ぎの出来事であった…。

更新日:2010-12-09 18:21:44

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook