- 5 / 186 ページ
第1章:初めての出会い
【精霊の森】を後にし、森から真っ直ぐ北へと続く道を、歩き始めてから2日後の夕刻近くに、ヒロは最初の人間の村へと到着した。
古来より人の近付けない聖なる森として、【精霊の森】へ足を赴ける者が居なかった為、幸いにして今日まで人に一度も遭遇してなかったのだが…。
小さな村の入口で躊躇のあまり一旦立ち尽くしていたヒロではあったが、だいぶ西の空へと傾き出した太陽を見やり、大きく深呼吸すると勇気を出してズンズンと勢いを付けて、一気に村の中へと入って行った。
ヒロにはここがもし自分の産まれた村だとしたら…との、一抹の不安があったのだ。【精霊の森】を出る際、長老より赤い髪が人前で気になるのならと、深く被れるフードの付いた黒いマントを貰っていたので、今はそれを着用していた。
それにしても、この村は何か様子がおかしい…。村に入って数軒の家屋の前を通り過ぎたが、人の気配が全くしないのだ。だからと言って既に打ち捨てられた廃屋という訳ではなく、現に幾つかの屋根の煙突からは、夕食の支度と思われるいい匂いの煙が立っていた。
暫く進むと、疎らだった人家が密集し出し、道も整備されて綺麗になってきた。どうやらこの辺りが、村の中心地なのだろう。村のメインストリートと思われる大通りを真っ直ぐ歩いて行くと、前方に広場と、そこに集まる人々の姿が見えてきた。広場の手前で、思わず知らない家の陰に隠れてしまう…。ヒロはそのまま、暫くそこで様子を覗ってみる事にした。
広場の中心には小さな噴水があり、その前で人々に囲まれる形で、1人の初老の男が村人に、何やら演説を行っている所のようだ。
「…いよいよ3日後に満月が迫っておる。このまま黙っているのには、もう限界であろう。今までどれだけの娘達が犠牲になってきた?いよいよワシらに決断の時が来たのだ、村の衆!」
「しかし、村長。我々にあんな化物を退治出来るのですか?!」
「そうだ、そうだ。無駄な犠牲を出すのであれば、今まで通り大人しくしていれば、いいのではないのですか!?」
鶴の一声の如く、村長の思い掛けない言葉で、広場は騒然となった。そこかしこで言い争いが始まっている。慌てて村長が仲裁の声を張り上げているが、最早後の祭りであった。
何か只事ではない事態が、この村を見舞っているのは明らかだ。ヒロはこのまま様子を覗うか、思い切って村人の前に姿を見せるか、その判断に迷っていた。躊躇している分、或いは初めて目の当たりにする人混みを見てなのか、ヒロは自分の背後の気配に、全く気付く事が出来なかった。突然、自分の背中から大きな声が、広場へ向かって上がったのだ。
「みんな!その事だったら、もう心配要らないぜ。何てたって、ここに旅の魔導士様がおられるんだからな!」
凛と良く通るその声で、ヒロも含め、その場に居合わせた者全てが、声の主を振り返った。振り返るヒロの目に、最初に飛び込んできたのは深い緑色の髪と、少し尖った長い耳であった。背はヒロの方が少しだけ高いようだが、歳は2~3歳、目の前の彼の方が年上と思われる。突然の出来事に茫然としているヒロに、彼はにこりと笑顔を見せた。
だが、村人の反応は少し違った。当然だ、明らかに彼は村の人間であり、村人にしてみれば彼の存在は、さほど珍しいものではないのだろう。一様に慄き、あれ程熱くなっていた怒号も、今はピタリと治まっていた。その場に居た全ての者が、ヒロの黒いマントを食い入るように見つめている。
人波を掻き分けて、村長がヒロの前までやって来ると、おずおずと声を掛ける。
「あ…貴方様はその…、本当に魔導士様でいらっしゃいますのか?」
「え…ええ、魔導の心得はありますが―」
ヒロが応えるや否や、広場に集まっていた人々から、一斉に大きな歓声が上がった。
「本当に旅の魔導士様だ!」
「王都の魔導士様が、我々を救って下さるぞ!」
「これで俺達は助かるぞ!シルバーブルク王よ、万歳!!」
人々は歓喜の雄叫びを上げ、仲には感動のあまり泣き崩れてしまう者まで現れている。広場が一瞬にして、明るい雰囲気へと変わっていった。
ヒロは訳が解らずに戸惑っていると、村長が再び声を掛けてくる。
「宜しければ我が家にお泊り下さい。詳しい説明も、ワシからさせて頂きます」
「有難う御座います。そうして頂ければ、助かります」
渡りに船…だ。ヒロは流れるままに任せてみようと、村長の後へと着いて行った。後ろを振り返り、広場の人混みを見てみたが、先程の少年の姿はもうなかった。
古来より人の近付けない聖なる森として、【精霊の森】へ足を赴ける者が居なかった為、幸いにして今日まで人に一度も遭遇してなかったのだが…。
小さな村の入口で躊躇のあまり一旦立ち尽くしていたヒロではあったが、だいぶ西の空へと傾き出した太陽を見やり、大きく深呼吸すると勇気を出してズンズンと勢いを付けて、一気に村の中へと入って行った。
ヒロにはここがもし自分の産まれた村だとしたら…との、一抹の不安があったのだ。【精霊の森】を出る際、長老より赤い髪が人前で気になるのならと、深く被れるフードの付いた黒いマントを貰っていたので、今はそれを着用していた。
それにしても、この村は何か様子がおかしい…。村に入って数軒の家屋の前を通り過ぎたが、人の気配が全くしないのだ。だからと言って既に打ち捨てられた廃屋という訳ではなく、現に幾つかの屋根の煙突からは、夕食の支度と思われるいい匂いの煙が立っていた。
暫く進むと、疎らだった人家が密集し出し、道も整備されて綺麗になってきた。どうやらこの辺りが、村の中心地なのだろう。村のメインストリートと思われる大通りを真っ直ぐ歩いて行くと、前方に広場と、そこに集まる人々の姿が見えてきた。広場の手前で、思わず知らない家の陰に隠れてしまう…。ヒロはそのまま、暫くそこで様子を覗ってみる事にした。
広場の中心には小さな噴水があり、その前で人々に囲まれる形で、1人の初老の男が村人に、何やら演説を行っている所のようだ。
「…いよいよ3日後に満月が迫っておる。このまま黙っているのには、もう限界であろう。今までどれだけの娘達が犠牲になってきた?いよいよワシらに決断の時が来たのだ、村の衆!」
「しかし、村長。我々にあんな化物を退治出来るのですか?!」
「そうだ、そうだ。無駄な犠牲を出すのであれば、今まで通り大人しくしていれば、いいのではないのですか!?」
鶴の一声の如く、村長の思い掛けない言葉で、広場は騒然となった。そこかしこで言い争いが始まっている。慌てて村長が仲裁の声を張り上げているが、最早後の祭りであった。
何か只事ではない事態が、この村を見舞っているのは明らかだ。ヒロはこのまま様子を覗うか、思い切って村人の前に姿を見せるか、その判断に迷っていた。躊躇している分、或いは初めて目の当たりにする人混みを見てなのか、ヒロは自分の背後の気配に、全く気付く事が出来なかった。突然、自分の背中から大きな声が、広場へ向かって上がったのだ。
「みんな!その事だったら、もう心配要らないぜ。何てたって、ここに旅の魔導士様がおられるんだからな!」
凛と良く通るその声で、ヒロも含め、その場に居合わせた者全てが、声の主を振り返った。振り返るヒロの目に、最初に飛び込んできたのは深い緑色の髪と、少し尖った長い耳であった。背はヒロの方が少しだけ高いようだが、歳は2~3歳、目の前の彼の方が年上と思われる。突然の出来事に茫然としているヒロに、彼はにこりと笑顔を見せた。
だが、村人の反応は少し違った。当然だ、明らかに彼は村の人間であり、村人にしてみれば彼の存在は、さほど珍しいものではないのだろう。一様に慄き、あれ程熱くなっていた怒号も、今はピタリと治まっていた。その場に居た全ての者が、ヒロの黒いマントを食い入るように見つめている。
人波を掻き分けて、村長がヒロの前までやって来ると、おずおずと声を掛ける。
「あ…貴方様はその…、本当に魔導士様でいらっしゃいますのか?」
「え…ええ、魔導の心得はありますが―」
ヒロが応えるや否や、広場に集まっていた人々から、一斉に大きな歓声が上がった。
「本当に旅の魔導士様だ!」
「王都の魔導士様が、我々を救って下さるぞ!」
「これで俺達は助かるぞ!シルバーブルク王よ、万歳!!」
人々は歓喜の雄叫びを上げ、仲には感動のあまり泣き崩れてしまう者まで現れている。広場が一瞬にして、明るい雰囲気へと変わっていった。
ヒロは訳が解らずに戸惑っていると、村長が再び声を掛けてくる。
「宜しければ我が家にお泊り下さい。詳しい説明も、ワシからさせて頂きます」
「有難う御座います。そうして頂ければ、助かります」
渡りに船…だ。ヒロは流れるままに任せてみようと、村長の後へと着いて行った。後ろを振り返り、広場の人混みを見てみたが、先程の少年の姿はもうなかった。
更新日:2010-10-01 06:12:57