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序章:始まりの日。

 今から凡そ500年前。精霊やエルフと人間達による“地上の者”と、竜族と魔族達を交え、世界を二分する戦いが行われていた。
からくも竜族と魔族を撃退する事が出来た“地上の者”ではあったが、エルフ族の殆どが滅亡し、精霊は人間の前から姿を消して、後に【聖戦】と呼ばれるその戦い以降、人間は古(いにしえ)の知恵と魔術の術(すべ)を失ってしまった。その為、僅かな魔術を駆使する一部の“精霊の祝福を受けし者”は、世界でも稀有な存在とされ、神の依り代として大切に、或いは畏れ多い者として畏敬の存在となっていた…。





 深い、深い森に包まれた神秘の大地:レネミー大陸。この大陸の南東の端にある小さなとある村。その夜、村中に衝撃が走った。村の若い夫婦の間に産まれた赤子の髪が、轟々と燃える炎の如く赤い色をしていたのである。
この村ではここ数年、纏まった雨が降っておらず、その為作物は枯れ、餓死者が出る程悲惨な状況が続いていた。
 知らせを受けて駆け付けた村長は、はっと息を呑む。青白い顔色の若い男が、申し訳なさそうに村長へ声を掛けた。恐らく赤子の父親だろう。目を真っ赤に腫らし、大きく見開いた眼(まなこ)を赤子の髪へと向けていた。
「まさか…、まさか俺達の赤ん坊が、こんな異形の髪で産まれてくるなんて…」
 父親の言葉に、村長が重い口を開く。
「―ここ数年の凶作は、もしやこの赤子が原因か?もしそうだとすれば、これは只事ではないぞ。お前達夫婦には申し訳ないがのぅ…」

 月が皓皓と輝く中、若い男が小さな木箱を小脇に抱え、村外れの森の中を静かに歩いている。暫く行くと視界が開け、小さな小川の畔に出た。
木箱の中からは小さな寝息が洩れている…。先程の赤ん坊が中に入れられていた。我が子を見つめる男の表情は苦渋に満ち、その目には憂いとも、怯えともとれる複雑な色が窺えた。
「すまない。…どうか俺達を恨まないで欲しい。俺達ではもう、どうする事も出来ないんだ―」
 今からその身に起こる悲劇も知らず、赤ん坊はスヤスヤと眠っている。
男は膝丈まで川へ入ると、木箱をそっと川の流れへ乗せた。川面の先で月光に照らされ木箱が小さくなるまで、男は小川の中に立ち尽くして、いつまでもその場を離れる事はなかった…。

更新日:2010-09-26 21:47:38

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