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「アイスの花」

───遠い夏のある日のこと。

男の子は3時のおやつに出た氷菓“アイスの実”を眺めながら、おばあちゃんに訊ねました。
「ねえ、おばあちゃん。実って種のことなんだよね。このアイスの実を土に埋めたら、どんなお花が咲くのかな?ちゃんとアイスの実が出来るのかな?」
おばあちゃんはニッコリほほ笑んで答えました。
「じゃあ、お庭に蒔いてみましょうか。ちゃんとお水を上げてお世話をするのですよ」

けれど、いざ蒔くとなると男の子の心に迷いが生まれます。
(どうしよう。アイスのお花は見てみたい。けど蒔いたら食べられなくなっちゃう)
食べるか蒔くか、男の子は悩みました。
考えている間にもどんどん溶けてしまうアイスの実。
このままだと食べることも蒔くことも出来なくなってしまいます。
(ひと粒だけならいいかな……本当はイヤだけど……食べたいな……でもお花も見てみたいし……よし、蒔こう!)
男の子は思い切って蒔くことにしました。

その日から、男の子はせっせと花壇に水をあげ続けました。
(きれいなお花が咲きますように)
その願いが通じたのか、数日後に芽が出て、二ヶ月後にきれいなピンク色の花が咲きました。
「見て見て、おばあちゃん!きれいなピンク色のお花が咲いたよ!これからアイスの実が出来るんだよね!?」
「ごめんね。あれから調べたのだけれど、アイスの実は寒い国にしかならないのですって」
おばあちゃんの言葉に男の子はションボリしました。
「そうなんだ……お花が咲いたのに実はならないんだ……できたら食べたかったのに……ガッカリだな」
「そうだ!今日はお母さんのお誕生日だから、このお花をプレゼントしましょう」
おばあちゃんの提案はとても良い事のように思えました。
男の子のお母さんはピンク色が大好きだったのです。

男の子はアイスの花を摘んで花束にしてお母さんにプレゼントしました。
「お誕生日おめでとう。これ、ボクが育てたアイスのお花だよ」
「ありがとう。なんて可愛いお花なんでしょう」
アイスの実は食べられなかったけれど、お母さんの嬉しそうな顔を見て男の子は満足でした。

───もうすぐ秋。
男の子に気付かれないように、そっと種を蒔いた祖母の想い。
“アイスの花”と言われて渡され、本当の花の名を言わなかった母の想い。

風に揺れるコスモスを見るたびに、遠い夏の日のことを思い出して胸が温かくなる……。

更新日:2010-09-14 03:36:12

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