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4.接 近


 店の、エスカレーターを乗り降りする場所にだけ、窓がある。
 薄いこげ茶色のフィルムが貼ってあって、開かない窓だ。
 この窓から外を見ると、空は暗い。実際には真っ青な眩しい
空間が広がっているのに、ここから見ると、そんな夏の空なんて
関係なく、一年中、曇り空のように見えるのだった。
 こういう建物の中で働いていると、何だか世間から隔離されて
いるような錯覚を覚える。特にこの服地売り場は、密度の高い
水槽みたいだ。色とりどりの色んな飾りの中で、これまた色んな
種類の魚が、互いにぶつからないように泳ぎまわっている。
 混雑しすぎた水槽は、空気の密度が薄くって、なんだかとっても
息苦しい。温度も上昇している。
 そんな密度を少しでも緩和するように、今日から従業員の
夏休みが始まった。約2カ月に渡って、交代で7連休を取る。
1週間丸々1人いないのである。そして、その1週間の中で、
残されたメンバーが普通の休日を交代で取る為、必ず毎日
2人もしくは3人がいなくなると言う、出勤組には恐ろしい日々が
始まったのだ。
 それを助けるように、学生アルバイトが増えたが、ハードな
仕事に続かない。だから春からずっと来ている工藤には、
感心するのだった。
 忙しい日々から1週間解放されるのは嬉しい事だが、
残りの7週間は、怒涛の日々だ。夏休みだけに、朝から
若いお客さんが大勢押しかけて来る。

更新日:2010-08-12 14:55:09

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