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小説

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錯乱

なるわけがありません!

血統書(父・崇義からの遺伝)付きビビりの僕。
ガラス細工よりも壊れやすい飴細工のハートがその恐怖に耐え切れるはずがありません。
手術の二日前に兄ちゃんに泣きついてしまいました……。

それは兄ちゃんが一人で見舞いに来ている時でした。
吐気に襲われてトイレに駆け込みました。
吐いても吐いても気持ち悪いのが取れず、もう吐くものなんて残ってないのに襲って来る吐気。
苦しくて立っていられなくなり、床にしゃがみ込んでTOTOの便器を抱えて顔を突っ込んでゲーゲー言っている自分の姿がとても惨めに思えて、そのまま号泣してしまいました。
兄ちゃんに支えられて立ち上がり、自分から抱きついたのか兄ちゃんに抱き寄せられたのかは覚えていません。
気付いたら兄ちゃんの腕の中で泣きわめいていました。
“錯乱”……と言うのは、きっとこの時のような状態の事を言うのだと思う。
「怖い」「死にたくない」「家に帰りたい」「どうして自分だけ」「助けて」「うなぎが食べたい」etc。
腕を振り回して泣き叫びながら暴れる僕を抱きすくめる兄ちゃん。
僕は暴れるのをやめると、兄ちゃんの胸にすがりつきながら泣き叫んでいました。
その間、兄ちゃんは何も言いませんでした。励ましの言葉も、慰めの言葉も。
ただ……ひとしきり泣いて落ち着いて来た時になって気付きました。
僕の頭にポタポタと熱い滴が流れ落ちていることに。

……また泣かしちゃった……。
これで何度目の兄ちゃんの涙だろう。
全部僕のせい。僕が心配をかけたせい。
だからもう心配はかけさせたくなかった。
僕が病気に対して不安に思っている事を知れば、家族が今よりもっと心配する事は分かっていたのに。
……いや……本当に分かっていたのかな。

本当は、辛い思いをしているのは自分だけだと思っていたのかもしれない。
心のどこかで、どうせ病気の辛さは病人にしか分からないんだ、と思っていたのだと思う。
けれどそれと同様に、それを見守る人の辛さは見守る人にしか分からない、その事に僕は気付いていませんでした。
気付こうとしなかったと言った方がいいかもしれません。

……その時になってやっと、病気と闘っていたのは自分だけではなかったのだと気付きました。

だからと言って、手術の恐怖が拭いとれた訳ではないのですが……。
腹をくくったと言うか、諦めが付いたと言うか……。
もしかしたら手術前日の晩に病院から逃げ出していたかもしれません。
それを見越してなのか、兄ちゃんが病室に泊まり込んで阿吽像のように見張っていました。
……なんてね。不安だろうからって泊って付き添ってくれたんだよね。
朝一で父さんが来るし、母さんもピンクのマ●チに新たな傷をこさえて駆けつけて来たし。
……僕に逃げ出すチャンスなんかありませんでした。

更新日:2010-07-30 16:14:00