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世界一

「どうして戻って来たの?お参りは終わったんでしょ?」
「ああ。用があって病院に行ったら、病室にお前はいないし。出かけたって聞いて、ここだなって思った」
「なんで?どうしてここだなって分かるかな」
「お前の事は俺が……」
そこまで言って兄ちゃんは言葉を止めた。
「……どうしたの?」
「いや……すまん」
「何が?」
「…………」
兄ちゃんは何も言わず、黙って僕を見つめていました。
そしてもう一度同じ言葉を繰り返しました。
「すまん……」
「だから何が?」
「…………俺……お前の事は俺が一番分かるって思ってた……お前が手術を不安に思っているのを隠しているのも分かってた……でも……あんなになるまで苦しんでたなんて知らなかった……だから、すまん」
「兄ちゃん……そんなことないよ、兄ちゃんは一番僕の事を分かってくれてるし、一緒にいてくれて嬉しかった」
「……」
「ホントだよ。それなのに……あんなに当たり散らして……ごめん……自分でもどうしようもなくて」
「…………くくく」
じっと僕を見つめていた兄ちゃんが、急に笑い出しました。
「あんなの……ちっちゃい頃のお前はしょっちゅうだったぞ。もっと酷かったな」
「嘘だぁ」
「どの面下げて俺にそんな事が言えるんだよ……俺がどれだけお前に泣かされたことか」
「あの頃兄ちゃんが泣いたとこなんて見た事ないよ」
「お前の見てない所で泣いてたんだよ……だったら聞きに行こうぜ。師範はその事をよーーーく知ってるからさ」
そう言って立ち上がると、僕を支えながら師範のお墓のもとに行きました。

「おじいちゃん……」
墓石を優しい表情で見つめ、そこにあたかも師範が座っているかのように話し始めました。
……兄ちゃんが稽古中以外のところでは、師範の事を“おじいちゃん”と呼んでいた事を知ったのは去年の年末でした。

「悟は立派に病気を乗り越えたよ。でも元気になったように見えるけど、まだちょっと無理してるかな。相変わらず素直じゃなくて意地っ張りで頑固でやさしい奴だよ」
「え?やさしい?」
兄ちゃんの言葉に思わず聞き返してしまいました。
「……悪いところばかり言うのもなんだから、取ってつけた」
小馬鹿にした表情で僕を見た兄ちゃん。
「ひでえ。師範、素直じゃなくて意地っ張りで頑固なのは兄ちゃんに似たからだと思います」
「お前もなにかいい事の一つくらいは言えよ」
「しょうがないなぁ……」

兄ちゃんのいい所はいっぱいある。でも面と向かって言うなんて恥ずかしいじゃないか。
……まあ、いいや。僕は師範に話すんだから……。
僕は墓石に向かって手を合わせると、照れ隠しの意味も込めて、思いっきり棒読みで言い始めました。

「……師範。また今回も兄ちゃんに救って貰いました。僕が困っていると助けてくれるのは昔から兄ちゃんです。欲を言えばもうちょっと早く助けてくれればいいのにって思いますが、テレビのヒーローがピンチの時に駆けつけるタイミングもそれくらいなので良しとします。僕のわがままに耐える忍耐強さと、それを許してくれる優しさは世界一です。でもシゲちゃんと言う友達は世界一のお人好しだと言っていました。僕も同感だと思った事は兄ちゃんには内緒です。お人好しでも何でも、最高の兄ちゃんです。世界で一番大切な人です。そんな兄ちゃんの弟で良かったと心から思います。兄ちゃんがいるから僕は……」
「悟、もういい……」
僕の言葉を遮るなり、兄ちゃんは僕を後ろから抱き締めて来ました。
「ありがとう……俺もお前の兄ちゃんで良かった……」

……僕の頭に顔を埋めて兄ちゃんは声を殺して泣いていました。

更新日:2010-07-30 17:30:54

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