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玉砕の果てに得たもの

病室のベッドの上で抱き合う兄ちゃんと僕。
……感動的なシーン……にカットを入れたのは兄ちゃんだった。

「ああ、それよりお父さんが……」
兄ちゃんはいきなり話を変えてしまいました。
しかも“それより”って何だよ!?……と、思ったものの、その感情が爆発する事はありませんでした。
そんな事で自分に感動しながら、父さんの事が気になり始めました。
「父さんがどうしたの?」
「ちょっとな……迎えに行こう」
そう言って僕を立たせて車いすに座らせようとしました。
「いいよ、歩けるよ。迎えに行くってどこに?」
「いいから座れよ……」
何気ない普通のどうって事のない会話だけれど、こんなに穏やかな気持ちで話をするのは何日ぶりの事だろう。
……それより、どこに行くんだ?
兄ちゃんはそのまま、診察病棟へ車いすを運ぶと、外科の待合室に父さんが座っていました。
「おぉ~……やっと来たか」
大股を開いて見っともなくも変な格好。顔色も悪い。顔もひきつっている。

「どうしたの?」
「昨日久し振りに野球してさぁ、キャッチャーやったらボールが吸い込まれるように……チーン!」

大股を開いて己の股間にボールがぶつかる様を面白可笑しく演じて見せていた父さん。
痛みでひきつった笑顔が痛々しい……。
バウンドしたボールを取り損ねたのではなく、ピッチャーの投げた球がダイレクトに股間に直撃。
聞いているだけで眩暈を覚えそうな話……話をしている本人は間違いなく眩暈を覚えるほど痛い思いをしているのでしょうが。
朝になっても痛みは増すばかりで、タマタマが小玉スイカサイズに腫れ上がってしまったらしい。
それなら近くの病院で診てもらえば良かったのに、どうせだったら僕がお世話になっている病院で診て貰うと言ってきかず、兄ちゃんの車に乗ったはいいものの、振動に悶絶しながらのドライブだったらしい。

「ホントに小玉スイカサイズなんだぜ?見るか?」
と言って、ズボンを脱ごうとする父さん。
……ここは病院の待合室です。
「見せなくていいよ!」
もう既に周りの人には話を聞かれていて、笑いを堪えている人、心配そうに父さんの股間に視線を走らせる人。
「スイカだって!」と母親に言う子供と「しぃっ!」と子供を窘める母親の声。……注目のまたです。
……は、はずかしい……でも……。
悪いとは思ったけれど、なんだか笑いが込み上げてしまって、肩を震わせながら堪えていたのだけれど、
とうとう耐えきれずに大爆笑。
「ご、ごめん、で、でも………だ、大丈夫、なの?」
声を上げて笑うなんて何日ぶりだろう。久し振りに腹筋を使ってお腹が痛い。
痛みに苦しむ毎日でしたが、その時の痛みは幸せを感じる痛みでした。
……でも酷いよね。
自分の時は開頭手術を勧めた父さんに「ひと事だと思って!」と腹を立てたりしていたのに、父さんの災難を笑い飛ばすなんて。
「なんだよ……ひと事だと思ってよ……物凄く痛いんだぜ?」
と言いながら、僕の肩に手を回し、笑い転げる僕の頭をクシャクシャと撫でていました。
「さっき先生に『息子さん、二人いますからもういいですよね?』って言われたんだけどさ……いいよな?」
その言葉に、流石の僕も事の重大さに気付き笑いが止まりました。
「え?……それって」
「もしもの時はって話だけどさ。でも俺には……先生の言うように、二人も息子がいるんだからさ。そうだろ?」

……そうだね。
だったら僕は父さんより先に逝くなんて許される事ではないよね。
病気に何て負けている場合ではないよね。
もし今度病気になったら……多分またショックで落ち込むとは思うけど、今回みたいに挫けることはないようにしたい。
そう出来る事を約束できる自信はないけれど、もっと上手に病気と向き合いたいと思う。

僕には力強い味方……家族がいるのだから。

更新日:2010-07-30 21:32:54

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