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 その頃、守島咲耶は行きつけの喫茶店でモーニングを食べていた。
 一人ではない。テーブルを挟んで座っているのは一人の女性である。
「俺が信用できないっていうんですか、龍野さん」
 問いかけに、二十代後半に見える女性は、一つ溜め息をついた。持ち上げかけていたコーヒーカップを戻す。
「君を信用していないわけじゃない。だけど、君の新しい相棒を信用する理由はこっちにはないんだよ、守島くん。そもそも、君を最初に雇った時だって、理由の決め手はマスターの紹介と君の血筋だ」
 最後の言葉に僅かに眉を寄せたが、咲耶は無言でそれを流した。
「君が由緒ある陰陽師の家の出で、子供の頃から修行を積んでいる、そういう実績がなければ、顧客に紹介なんてできなかった。同じ理由で、君の相棒の実績が不明である以上、この仕事を紹介することは難しいんだ」
 細い銀縁の眼鏡の奥から、鋭い視線がこちらを見据えてくる。
 彼女の言い分は、全く正当だ。だが、だからといってみすみす仕事を逃すわけにもいかない。
「あいつのことは、俺が全ての責任を負います」
 咲耶のその言葉に、ちょっと驚いたような顔で龍野は瞬いた。
「……君は、今までずっと一人で仕事をしていたからなぁ……。あのね」
 僅かに苦笑した視線が、次の瞬間には引き締まる。
「他人を部下として使う以上、君が責任を負うのは当然のことだよ。そして、その上で、君たちには絶対に失敗は許されない。君が選んだのは、そういう仕事だ。人と一緒に仕事をするということは、そういうことだ。人を使うなら、その覚悟を固めてからにしなさい」
 諭すように言われて、唇を噛む。
 家を出てから二年の間、彼は拝み屋として仕事をしてきていた。大抵の場合ずっと年上である依頼人との軋轢は、数えられないほど経験している。
 しかし今まで一度たりとも仕事を失敗したことはなく、その実績に依頼人も最終的には折れた。
 自分の実力に、疑いはない。
 だが、他人に対してといえば、絶対な確信はあるとは言えない。
 黙りこむ咲耶に、龍野が肩を竦める。
「……ま、本当は断りたいところなんだけどね。先方が、どうしても君に、ということだから。九時を回った辺りに、その辺りの事情を話してみるよ。その頃はまだここにいる?」
 頷く咲耶を確認して、彼女はコーヒーを飲み干した。
「じゃあまたあとで。急ぐらしいから、多分今日中に最初の話があるだろう。そのつもりでいて」
 言い終わる前に、腰を浮かせている。
 弁護士事務所に勤めている龍野は、出勤が早い。急ぎ足で出て行く後ろ姿を見送って、咲耶は椅子の背にもたれかかった。
 長々と溜め息をつく。
 食器を下げに来たマスターが、僅かに困ったような顔で口を開いた。
「揉め事なのかい?」
「そうじゃない。大丈夫だよ」
 ある意味兄のような男に、咲耶は薄く笑いかけた。
 話に上っていたのは、最近咲耶と一緒に暮らし始めた少年のことだろう。彼は何度かこの店にやってきたこともあり、マスターも顔見知りといっていい。
 確か彼は高校を退学してしまったが、大検を取って、来年大学受験に挑むつもりだと言っていた。今、咲耶と同じ仕事をする必要性はないように感じられる。
 だが、その疑問を口にすると、咲耶は溜め息をついた。
「そりゃ、あいつがただの学生だったら俺もこんなやくざな仕事に無理矢理引き入れようとかしないさ。幸い、しばらくは生活に不自由しないみたいだし、自発的に始めても続くかどうか判らない仕事なんだから。……ただ、あいつはもう普通じゃないからなぁ」
 弥栄紫月。彼は、咲耶と出会う前から既に西洋魔術に指先を浸していた。
 しかし、それはどうしても自己流の域を出ない。
「既に手に入れていた力は、自然に消えるなんてことはない。衝動で世界を破滅させないために、制御する方法を身につけないといけないんだよ。だけど、あいつは俺とは流派が違うから」
 少年は、眉間にらしくない皺を刻んで続ける。

更新日:2010-07-25 16:26:06

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