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少年 3

「好きに聴いていいよ」と僕に声を掛け荻野さんは店に戻り、僕は思いもよらなかった成り行きに不安・・そして少々の期待に落ち着かなくなり、立ち上がるともう一度レコードの束の前に胡坐をかいた。
 知らないバンドのLPの中に見慣れたキングクリムゾンを見つけた。去年レコード屋のヤスさんが「佐々木君これは絶対に聴くベシ。無理しても買いなさい」と半ば脅迫的に勧められ、僕もジャケットの絵が気に入り、果たして聴いてみるとヤスさんの言うとおり凄いもので、今では僕の愛聴版になった。

 ジャケットを眺めている僕の呼吸は浅く苦しくなり、眼は次第に焦点が合わなくなり、口を開けた赤鬼が僕に向かって「おまえ、どこにいるのか分かっているのか・・今ならまだ引き返せるぞ」と呟いた気がした。
 僕は怖くなり、それを遮るようにジャケットを身開いたが、今度は月男が・・
「よく来たね・・・君はここに来る運命だったんだよ。そうだよ、偶然じゃないんだ」
「君はいつも想っていただろう。あの雑誌のように屈辱されたいと・・・」
「その思いが君をここに呼んだんだよ」

「そう・・です。あなたの言うとおり、僕は写真の子のようには恥ずかしめられ、悪戯され・・」
「感じて蜜を垂らし、震えて、もう抑えられなくなって、最後は我慢が・・」
「僕は、あの子のようになってみたいんだ・・」

「本音が出たね。でも君は当然承知している」
「今、君がいるのはお話の中ではないよ」
「現実の世界」
「あの男だって薬屋という職業から出た親切心から施してあげようとしているんだろうよ」
「それを君は錯覚して・・」

「だって・・あの人、話が合うし、大人だし・・」
頭の中で想いが堂々巡りを始め、男が後ろに立っていたことさえ分からなかった。

「そのレコード掛けてごらん」
驚いて振り向くと、彼は薬の小瓶を載せたお盆を手に立っていた。
「B面がいいね」と彼は言い、そう思っていた僕も男と気持ちが同じだったことにちょっと嬉しくなった。

更新日:2010-10-20 12:28:09

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