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Ⅴ エピローグ

連邦軍最高機密兵器開発局のラボ(研究所)の一室。
グレーがかった髪に白衣を着た、気難しそうな雰囲気の初老の男が立っている。
連邦共和国で最高の頭脳と呼ばれている、ドクター・イナガキ(稲垣博士)だった。
彼は、目の前の透明な特殊強化プラスチックのケースで覆われた台を、ずっと見詰めていた。
そこには、肩つく位のストレートの黒髪、額には水色のクリスタルの少女が眠るように横たわっている。
先日、片腕は失ったものの、無事に任務を遂行し帰還した『ヨーコⅥ(シックス)』だった。早速失った右腕を修復し、全身の機能チェックは既に済ませてある。
「耀子」
ふと博士は、15年前に突然の事故で早世した愛娘の名を呼んだ。
乱雑に書類が積み上げられた彼のデスクの上には、写真盾……カプセルで横たわるアンドロイドと瓜二つの顔をした少女が、いつもと変わらない微笑を浮かべている。
かつて溺愛した一人娘と仕事は、稲垣博士にとって人生そのものだった。
愛娘を失ってからは、殊更アンドロイドの研究と開発に没頭した。
幸い残っていた娘のDNAを利用して、これまで六体の『ヨーコ』を創った。
いま目の前で眠る『ヨーコⅥ』は、ドクター・イナガキの最高傑作だ。
これまで、研究のために多くのものを犠牲にしてきたし、捧げてきたというのに。
間もなく、それら全てが無価値となる。
自分がしてきたことは、一体何だったのだろうか?
博士は、深い絶望と苦悶の溜息を吐いた。


昨日、連邦共和国最高議会は、高性能戦闘アンドロイドの開発、及び製造の即時中止を満場一致で決定した。それは、執政を司る連邦政府高官たちも同様の意向だった。
隣国の忌々しい独裁者は死に、裏切りモノのアンドロイドは破壊された。
軍事政権は事実上崩壊し、元レジスタンスが新政府を立ち上げることになった。
尤も新政府の主要な要員には、既にこちら側の息のかかった者たちや、諜報員を紛れ込ませてある。そもそも、レジスタンスたちの反政府活動の資金や武器を密かに提供し続けていたのも、この連邦共和国政府だった。
表向きは独立国だが、実質、連邦共和国の属国なったことに違いはない。
隣国の懸念がなくなった現在、もう高度な戦闘能力を持つアンドロイドは必要ない。
最高水準の機能性と情報処理能力、適宜な判断力、高性能を追求するあまり、アンドロイドに遺伝子技術を駆使して作り上げた人間ベースの人工脳を備え付けた。だがそれは、彼ら機械に自我を生じさせることでもあった。
いくらクリスタルでマインドコントロールしているとはいえ、機械に意思を与えるべきではない。また『マーズⅢ(サード)』のように、何かのはずみでクリスタルの外れる可能性も否定できない。
やはり、自分たちの手に負えないモノは造るべきではないのだ。
それに実際のところ、国家予算のなかで年々増大する軍事費……特に戦闘用アンドロイドの開発に、莫大な経費がかかり過ぎていることも、国民の反感を買っていた。
現在製造中、完成済みに至る全てのアンドロイドは、破棄処分されることになった。
明朝にも、執行委員の連中がこの研究所を閉鎖するためにやって来る。
目の前で眠る『ヨーコⅥ』も当然、破棄の対象リストに載っている。

更新日:2011-08-14 17:03:41

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