- 1 / 25 ページ
そして、歌いだす。
1
音楽に対する愛情は、部活の継続のようなものだった。
高校からトランペットを吹き始めて、
バンプに憂鬱を感じて、
ギターに触れて歌を始めた。
音楽の専門学校に進んだのは、大きな夢を抱いているとか、
そういった熱によるものじゃない。
俺は字が綺麗だけど、
それっぽく聡明に話せるけれど、
相当な馬鹿だった。
試験にパスしてどこかへ入るのは不可能だったのだ。
俺は学校に入り、
資料請求して届いた希望の言葉とは裏腹な、
設備の悪い機材の中勉強をした。
曲を作る人になろうか。
トランペットを吹く人になろうか。
ギターをかき鳴らす人になろうか。
散々迷ったが、
俺は歌う人になった。
しかし消極的な性格のせいで、
2年生になった今も、ライブに出たことはない。
「田中健太くん」
「はい」
コンプレックスは多い。
例えばこの名前。
手本だろう。
なにかの書類の見本だろう。
ハイカラに彩られた現代の名簿の中で、
俺の名前はなんとも違った意味で目立つ素朴さだ。
「健太、お前なんでそんな顔してんの」
「あー、険しい?」
「うん」
「出席取られるの嫌いなんだよね」
「何でだよ」
「俺ださいんだもん」
「何の話だよ」
「お前はいいじゃん。岸川壮!ソウ、あー良い響きだ憎たらしい」
「よくわかんねー」
ソウは笑った。
ソウも歌う人だ。
そしてクラスで一番喋る仲間だ。
更に言えばクラスで一番のイケメンだ。
音を聴いてすぐ超絶的なピアノを乗せられるタイプの歌い手で、
一番プロに近い位置まで駆け上がっている。
ああ、ちなみに言っておく。
俺のルックスは名前に見合って超がつく普通だ。
「高橋幸太くん」
「はい」
ミドルの高い声で返事をした彼の名が、俺は好きだった。
同志だと思った。
高橋くんは今年入ってきた一年生で、
名簿を見たとき一番に声をかけようと決めていた。
素朴な名前だね。俺もそうなんだよ。コンプレックスなんだ、よろしくね。
その台詞はいえなかった。
初めて1、2年合同の授業で自己紹介をした彼は、
彫刻のように完璧な造りをしたイケメンだったのだ。
「奈月寿理さん」
「はい」
20数名の新入生の中、
名簿を見て高橋と同時に彼女を気にしたのも、
この名前のせいと言っていいだろう。
ナツキジュリ、
ナツキジュリ、
ナツキジュリ。
なんて美しい響きなんだろう。
そして美しい返事だ、声が澄んでいる。
モデルのようなスタイルと長い黒い髪、
エキゾチックな顔立ちは初対面の時直感的に思った。
彼女は歌い手だ。
「お似合いだよな」
ソウが唐突に言った。
「何が」
「高橋と奈月」
「確かに」
高橋とナツキジュリは高校が一緒だったらしく、
専門に入学したときすでに恋人同士の関係だった。
正直そんな事は「へえ」の一言で終わる事項だ。
俺はナツキジュリを色んな面で美しいと思ったが、
下心は全く抱いていなかった。
「で、健太」
「なんだよ」
「お前彼女とはどうなの」
俺は少し笑った。
「普通に、仲良いよ」
「このリア充が!マジ飛べよ」
「飛べって。それ死ねよより傷つくな」
俺には彼女がいる。
そしてナツキジュリには高橋がいる。
互いに安穏な幸せを送っていた。
でもこの音楽という世界の中で、
それは変わっていく。
割と壮絶に変わっていく。
この物語はそういう話だ。
音楽に対する愛情は、部活の継続のようなものだった。
高校からトランペットを吹き始めて、
バンプに憂鬱を感じて、
ギターに触れて歌を始めた。
音楽の専門学校に進んだのは、大きな夢を抱いているとか、
そういった熱によるものじゃない。
俺は字が綺麗だけど、
それっぽく聡明に話せるけれど、
相当な馬鹿だった。
試験にパスしてどこかへ入るのは不可能だったのだ。
俺は学校に入り、
資料請求して届いた希望の言葉とは裏腹な、
設備の悪い機材の中勉強をした。
曲を作る人になろうか。
トランペットを吹く人になろうか。
ギターをかき鳴らす人になろうか。
散々迷ったが、
俺は歌う人になった。
しかし消極的な性格のせいで、
2年生になった今も、ライブに出たことはない。
「田中健太くん」
「はい」
コンプレックスは多い。
例えばこの名前。
手本だろう。
なにかの書類の見本だろう。
ハイカラに彩られた現代の名簿の中で、
俺の名前はなんとも違った意味で目立つ素朴さだ。
「健太、お前なんでそんな顔してんの」
「あー、険しい?」
「うん」
「出席取られるの嫌いなんだよね」
「何でだよ」
「俺ださいんだもん」
「何の話だよ」
「お前はいいじゃん。岸川壮!ソウ、あー良い響きだ憎たらしい」
「よくわかんねー」
ソウは笑った。
ソウも歌う人だ。
そしてクラスで一番喋る仲間だ。
更に言えばクラスで一番のイケメンだ。
音を聴いてすぐ超絶的なピアノを乗せられるタイプの歌い手で、
一番プロに近い位置まで駆け上がっている。
ああ、ちなみに言っておく。
俺のルックスは名前に見合って超がつく普通だ。
「高橋幸太くん」
「はい」
ミドルの高い声で返事をした彼の名が、俺は好きだった。
同志だと思った。
高橋くんは今年入ってきた一年生で、
名簿を見たとき一番に声をかけようと決めていた。
素朴な名前だね。俺もそうなんだよ。コンプレックスなんだ、よろしくね。
その台詞はいえなかった。
初めて1、2年合同の授業で自己紹介をした彼は、
彫刻のように完璧な造りをしたイケメンだったのだ。
「奈月寿理さん」
「はい」
20数名の新入生の中、
名簿を見て高橋と同時に彼女を気にしたのも、
この名前のせいと言っていいだろう。
ナツキジュリ、
ナツキジュリ、
ナツキジュリ。
なんて美しい響きなんだろう。
そして美しい返事だ、声が澄んでいる。
モデルのようなスタイルと長い黒い髪、
エキゾチックな顔立ちは初対面の時直感的に思った。
彼女は歌い手だ。
「お似合いだよな」
ソウが唐突に言った。
「何が」
「高橋と奈月」
「確かに」
高橋とナツキジュリは高校が一緒だったらしく、
専門に入学したときすでに恋人同士の関係だった。
正直そんな事は「へえ」の一言で終わる事項だ。
俺はナツキジュリを色んな面で美しいと思ったが、
下心は全く抱いていなかった。
「で、健太」
「なんだよ」
「お前彼女とはどうなの」
俺は少し笑った。
「普通に、仲良いよ」
「このリア充が!マジ飛べよ」
「飛べって。それ死ねよより傷つくな」
俺には彼女がいる。
そしてナツキジュリには高橋がいる。
互いに安穏な幸せを送っていた。
でもこの音楽という世界の中で、
それは変わっていく。
割と壮絶に変わっていく。
この物語はそういう話だ。
更新日:2010-06-06 22:39:19