• 1 / 1 ページ

no title

「離せ、気違い帽子屋、」
宙に浮かぶ頭部だけの猫が硝子玉のような目玉をくるりと動かして、胴だけの猫の毛並みにうずまる帽子としがみつく腕を見下ろした。
「厭なら消えてしまえばいいじゃないか、いつもそうするくせに」
帽子がもぞもぞと動き、その下から異様なまでに青白い顔と緑に光る眼が現れる。
「また行ってしまった、あの子の僕。」
「それを云うなら僕のあの子、だな」
胴から伸びるしっぽが帽子屋の鼻を撫で、彼は小さくくしゃみをした。
「ノミ退治をおすすめするよ」
「ペットを退治するなんてできないさ」
「終いには君の本体がノミにとってかわられると思うね僕は」
悪態をつく帽子屋を嘲笑うかのように猫の頭部がくるりと一回転する。
「…世界中のアリスが君みたいならいいのに」
「頭と胴が離れたりくっついたりするニタニタ笑いのアリスか?」
ニタニタ、 猫が笑い
ケタケタ、 帽子屋が笑う。
「それが好きということはなくなくない」
何より、 帽子屋が続ける。
「消えてもすぐに現れれば、寂しくないもの」
途端に猫が消え、ニタニタ笑いの口だけが宙に浮かんだ。

その代わり、

と口が動く。

「私の首が飛んでも、誰も拾いに来てくれない」
「もったいない!」
大仰な手振りで天を仰ぐと帽子屋は“口”に自らの帽子をかぶせた。
「君の首を拾ったら僕が帽子をつくってあげる」
「それは楽しみだ」

帽子屋の腕の中に今度は頭も胴もある猫が現れる。そして帽子を脱ぐと

「またしばしの別れだ、我が愛しの帽子」

それを元の場所に置き、消えた。

更新日:2010-06-03 02:53:32

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook