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 世界が壊れる。
 自分が壊れる。
 心が壊れる。

 だって貴方がいないから。

 色を失う。
 光を失う。
 音を失う。

 与えてくれたのが貴方だから。

 貴方がいないのなら、いきる意味などありません。




 全身打撲。上腕骨損傷。肋骨損傷。全身擦過傷。
 アリスにつけられた怪我は見事なものだった。そして極めつけは意識不明の重傷。
 ICUに運び込まれ、今なお酸素マスクをつけられたままのアリスは目覚める気配がない。共に歩いていた友人であること、警察関係者と懇意にしていること、そして家族が到着するまで、と看護師に頭を下げ続け、ようやく火村はアリスの傍らに座ることを許された。微塵も動かない細い指先や自分を捕えて離さない、けれど今は閉じられたままの瞼を見ながら火村の心にあのおぞましい感情が沸き起こってくる。
 ――殺してやりたい。
 人を殺したいと思ったことは初めてではない。もうずっとあの時の感情に心が膿んでいた。だが今の気持ちはあの頃より何倍も強く、止めてくれる人間がいない。目の前に犯人がいない。それだけのことだった。
 狙われたのは火村自身だった。ストーカー行為の末にかつての恋人を殺害した男が逆上してパトカーを奪い、火村めがけて猛スピードで突っ込んできた。気づいた時には目の前に迫りつつあった鉄の凶器をアリスが体ごと――自分が弾かれることで火村を助けたのだった。
「アリス……」火村は呟く。「目を覚ましてくれ、アリス」
 今お前を失うことになったら俺は本当に壊れてしまう。
 呟きは誰にも届かない。
 アリスの耳にすら。

更新日:2008-12-18 14:27:00

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