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月の飴玉 /Z

私が『Z』に出会ったのは、雨振る夕闇の山の中。
パパが死んで、半年と少しが経った頃。
雨が降ろうとなんだろうと、必ず毎月、パパが死んだ日には、
私はパパのお墓に『飴玉』を届けにいく。
その日も私は、その場所を訪れていた。


最初に『Z』の気配に気づいたのは、
『Z』が、山の中に足を踏み入れたその瞬間。
パパのお墓参りをすませて、山小屋に帰ろうと思っていたころだ。

パパと一緒に、それこそ生まれてから14年、
ずっとずっと、この山で盗賊稼業を営んでいた私だ。
山に誰かが足を踏み入れれば、すぐにわかる。

別に、放っておいてもよかった。
誰がこの山の中に入って来ようと、もう、私には関係なかったから。
ただ、ひとつの「予感」があって。

「ウルフ、行こう。」
ウルフが答えて、私たちは足を向ける。

そうして私は、『Z』の元へと向かったのだ。



***************



パパが死ぬと、私たちの「ファミリー」は
綺麗に解散した。
私は、随分と年を取ってから生まれた子ども。
私が、今よりまだずっと幼かった時から、パパは自分の寿命を気にして、
準備をしていた。

享年72歳。
パパは、自分がいつ死んでも大丈夫なよう準備しておくように、と、
いつも「ファミリー」のみんなに言っていた。
それは、私に対しても一緒だった。

「ファミリー」のみんなは、パパが亡くなると、
しばらくはただ、悲しんで、
それから少しずつ、おのおのが進めていた準備に取りかかった。
少ない荷物をまとめて、それぞれの行くべき場所へ移っていく。

みんな、私のことを心配してくれた。
新しく向かう先の住所を教えてくれて、
何かあればおれんとこ来い、なんて言ってくれて。
みんなでわけてもよかったはずの、いろいろな形で残っている財産を
全て、私にくれようとしていた。
でも、それはなるたけ丁寧に断って、
私が受け取ったのは結局、
パパやみんなと一緒に暮らした山小屋と、ウルフだけ。


パパはよく、私に聞いた。
「オレが死んだら、その後、お前はどうしたい」
私の答えは決まっていた。
「旅がしたい。この山を越えた向こうに何があるのか、見てみたい。」
私は、自分が生まれ育ったこの山が大好きだ。
……でも、見てみたい。
広い野に咲く花畑。
月と太陽の生まれる大海原。
稲穂の広がる風景。
建物に切り取られたような空。
人の群れる都の様子。

そんなものをたくさんたくさん見て、
そしてまた、ここに帰ってくる。

それが、私の夢だった。

それを言うとパパはいつも、
「知らない山では、盗賊には気をつけるんだぞ。」
そう言って笑った。
私も笑って、うなずいた。

そう、準備はできていた。
あとは、それを実行するタイミングだけだった。

パパは「気をつけろ」と言ったけれど、
もちろん、そりゃ、気はつけるけど。

でも、そんなに心配はいらないよ。
だって、私は強い。

小さい頃から、パパや「ファミリー」たちと、一緒に仕事をしていた。
私たちの「ファミリー」は、とにかく強い。

殺しはしないこと。
必要なだけを盗ったら、あとは、そのまま行かせてあげること。
必要以上に怖がらせないこと。
必要以上に傷つけないこと。
それが、私たちファミリーの鉄則だった。

それをするには、強くなくてはいけない。
私たちが相手にするようなお金持ちは、たいてい、用心棒のようなものを雇っている。
それらを相手に、できるだけ「傷つけない」というのは、
けっこう、大変なのだ。

だから私も、腕を磨いた。
弓とナイフの腕前は、そこらの用心棒なんかには負けはしない。
ただ、一番得意だったのは、
気配の探り方、消し方。逆に、気配の知らせ方。

だから私の役目は、もっぱら、
弓と飴玉。

更新日:2010-05-29 02:07:55

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