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【AM05:33】 No.6 無表情の背中


綺麗に舗装されたばかりの大通りの歩道を、佐古田と歩いている。
道幅は広い。人ひとり挟めそうな間隔を開けて、斜め前を佐古田が歩く。
街は薄い水色で、空気はやけに澄んでいる。

さっきまでいたカラオケボックスの、ヤニとアルコールの混ざった臭いは、服や髪にしっかりと染み込んでいて、自分でもうんざりする。
車が時折車道を横切り、それを佐古田が目で追う。
人通りは極端に少ない。

だからこれだけ離れて歩いていても、私たちが連れであることは一目でわかるだろう。
それに明け方のこの時間に二人で街を歩いていたら、普通じゃない関係を想像されても仕方ない。とはいってもこのシーンを目撃されて困るような恋人は、今のところ私にはいないし、佐古田にそのような関係の女性がいるかどうかは知らないし、知りたくもないし、どうでもいい。

佐古田とは、バイト仲間との飲み会の延長で、朝までみんなでカラオケボックスにいて、たまたま沿線が同じだから駅まで一緒に歩いているだけだ。

「マジで恋する5秒前」を歌った岡のダミ声がまだ耳に残っている。
今一緒に歩いているのが口ばっかりでお調子者の岡だったら、軽口の一つも叩きながらラーメンでも奢らせて帰るのに。

よく考えると佐古田とは、まともに話をしたことがないような気がする。
長すぎず短すぎない髪にかかった、ゆるいウエーブヘアは割と良い感じだし、鼻筋も通っていて奥二重の目は結構カッコイイのに、なんだろう、このイケてなさは。

ただひたすら黙って私の斜め前を歩く佐古田は、私が次の角で急に曲がって姿を消しても、探さないでそのまま帰ってしまうんじゃないかと思うくらい、私に無関心のようだ。

「おなか減ったね」「喉渇いたな」「楽しかったね」
無難な一言を頭の中で探すけど、どれもそのあとの会話が弾みそうにない。
たぶん「うん」とか「そうだな」とか、返事が返ってくるだけで終わるだろう。

カア、カア、とカラスが頭上を飛んでいき、二人で上を見た。
一瞬立ち止まって、佐古田が私を見たので、何かを期待して私も佐古田を見たけど、無表情のまま佐古田はまた歩き始める。

私は次の角をダッシュで曲がり、身をひそめる事を想像してみた。
なんだか楽しそう。
でも昨日から一睡もしていない今、そんな体力は残っていない。

好きすぎて苦しいとか、嫌いだからすごくつらいとか、そういうはっきりした感情じゃない、不思議な気持ちでいっぱいになる。

そっか、と小さく声に出す。
佐古田は振り返らない。
“居心地が悪い”って、こういうことをいうのか。
それがはっきりして、私はなんだかすっきりして、黙って佐古田の後を歩いた。



【AM05:33】
                        No.6 無表情の背中 <了>


更新日:2010-05-17 19:46:26

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