• 2 / 15 ページ

【5月】 始まりの、ミルフィーユ ~side SAWA~


はなちゃんが着替えに行った後も、内藤はまだ笑い続けている。

「五月蠅い、内藤っ!
 アンタの方こそ、どうしたのよ?
 こんなに遠くまで、わざわざケーキを買いに来るだなんて。
 しかもミルフィーユばっかり、3個って…。
 アンタ、ミルフィーユマニアな訳っ!?」

すると彼は、かなり狼狽した様子で言った。

「なっ!!!余計な御世話だっ!
 俺がミルフィーユを何個食おうが、俺の勝手だろうがっ!!!」

「何よ、内藤。
 …まさかそれ3個とも、マジで一人で食べる気だったの?」

幾分呆然としながらそう聞くと、内藤は真っ赤な顔で酸欠の金魚の如く口をパクパクさせた。
…その顔はいつも教室で見かけるクールなヤツからはかけ離れていて、めちゃくちゃ可笑しかった。

成程ね。
男が一人でケーキ屋に来るのが恥ずかしいから、わざわざ隣町までやって来たって訳か…。

それに気付いた私は内藤の方を真っ直ぐに見据え、ニヤリと笑って言った。

「ねぇ、内藤。
 …クラスの皆にはこそこそとケーキを買いに来た事、言われたくないわよねぇ?」

するとヤツの顔が、一瞬のうちに真っ青になった。
私は吹き出しそうになるのを必死で堪えながら、笑顔で告げた。

「いいわよ、内緒にしてあげても。
 ただしひとつだけ、交換条件。
 …私の家がケーキ屋で、しかもこんな服着て手伝わさせられてるって事、絶対に内緒にして頂戴。」

すると彼はまた吃驚した様に切れ長の瞳を見開き、それから言った。

「えっ?家の手伝いって…。」

「ねぇ、内藤。アンタこの店の名前を見ても、まだ気付かない?
 …ホント、鈍い男ねっ!
 まさか私が好き好んで、こんなメイドみたいな恰好をしてるとでも思ってたのっ!?」

そして私は、ヤツが買ったケーキの入った箱を差し出した。
すると内藤は慌ててケーキの入った箱を見詰め、愕然とした表情のまま呟いた。

「『PATISSERIE KISHIBE』…。マジかよ。
 …此処って、岸辺の家だったんだ。」

それからヤツはとっても嬉しそうに笑い、言ったのだ。

「じゃあ今度から、遠慮なく買いに来れるじゃんっ!
 だって俺のケーキ好き、岸辺にはもうばれちゃったんだからさぁ♪」

「…はぁぁぁあっ!?」

私はその言葉に驚き、大声を上げた。
すると厨房から母さんが出て来て、言った。

「ちょっと、紗和!
 お客様の前で、何大きな声を出してるのっ!?」

すると内藤はさっきまでとはガラリと態度を変え、いつもの様に紳士スマイルを浮かべて言った。

「はじめまして。僕は彼女と同じクラスの、内藤です。
 すみません。僕が岸辺さんを驚かせてしまったものですから。」

…一体誰が、『僕』だって?
さっきまで内藤、自分の事を『俺』って言ってたじゃんっ!

しかしヤツの笑顔を見た母さんは、ほんのりと頬を染めた。

「ふざけんじゃないわよ、内藤っ!
 もう二度と、うちの店には来ないでよねっ!!」

私はまた、叫び声をあげた。
しかし内藤は何処吹く風で、静かに微笑んだ。

「ちょっと、紗和っ!
 クラスメイトとはいえ、お客様に対して失礼でしょうっ!
 ごめんなさいね、内藤君。
 またいつでも、買いに来てね。」

それから母さんは、おまけだと言って新作のチョコクッキーをヤツに手渡した。
…内藤は、いいんですか、とか言いながら、ちゃっかりとそれを受け取った。

「ちょっと、母さんっ!
 そんなヤツにサービスなんか、する必要無いわよっ!
 勝手に私の作ったクッキーを、内藤なんかにやらないでっ!」

私は慌ててそう言ったのだけれど、内藤はちょっと驚いた様な表情に変わり、それからニヤリと不敵な笑みを浮かべて言った。

「…へぇ。これ、岸辺さんが作ったヤツなんだ。
 …それは、味わって食べないとね?」

「…なっ!?ふざけんじゃないわよ、内藤っ!
 さっさとそれ、こっちに返しなさいよっ!」

しかし次の瞬間、内藤はまた胡散臭いくらい爽やかに微笑み、言った。

「ありがとうございました。
 じゃあ、また来ますね!」

…そしてヤツは会計を済ませると、ご機嫌で店を後にした。

更新日:2010-05-09 17:23:40

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook