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「何か食ったのか?」
 冷蔵庫を開けてみると、記憶どおり、使いかけのカレールーとマヨネーズ、マーガリンと缶ビールが三本だけ。買い置きしていた食パンの空袋が、ゴミ箱の近くに落ちている。
 睦はスーパーの袋から必要な物を出すと、残りを冷蔵庫に押し込んだ。
「どうせ、朝から何も食ってないんだろう。今、作るから、それまで何か食ってろ」
 ベッドに肘をついて置きあがった雄吾が、イオン飲料のペットボトルを手に取る。喉を鳴らして飲む音を聞き、睦は微笑んだ。
 よっぽど喉が渇いていたようだ。あれほど熱があったのだから、当然だ。水分を取ったら、少しは熱も下がるだろう。
 睦はスーパーで買ってきた白飯を小鍋に入れ、水とダシの素を加えて、火にかけた。
 煮立ったところに鶏のひき肉を加えて、アクを取る。弱火で煮ている間に、ねぎを刻んで、卵を溶く。
 ほどなく、睦特製親子雑炊が出来上がった。
「おーい、できたぞ。起き上がれるか?」
 足元に散らばった衣類や雑誌を足で蹴り飛ばしながら、睦は小鍋と食器をコタツに運ぶ。
 雄吾がよろよろと体を起こしたものの、ベッドに崩れた。
「ったく、しょーがねーなぁ」
 小鍋をコタツに置いた睦は、雄吾の肩の下に枕を入れて、体勢を楽に整えてやる。
 睦は床に胡坐をかいて、雄吾と同じ顔の高さになる。熱で潤んだ雄吾の目に真正面から見つめられ、ドキリとした。
「無理すんな。食べさせてやるから」
 睦は動揺を隠し、何気ない顔で、茶碗に雑炊を取り分けた。
 ふぅふぅと吹き冷まして、スプーンで口元に運ぶと、雄吾はためらいがちに口を開いた。
「食わなきゃ、治るものも治らないだろ」
「寝てたら、そのうち治る」
「飲まず食わずで寝てるって、お前は猫か。ほら、口開けろ」
 二口目を差し出すと、今度は素直に口を開けた。
 三口、四口と食べ進み、茶碗一杯の雑炊を食べ終える頃には、雄吾の顔色が少し良くなっていた。
「もう少し、食べるか?」
「うん、すげー旨いし」
「ったり前だろ。俺が作ったんだから」
 褒められたのが嬉しくて、睦はお代りをよそう。また食べさせてやろうとスプーンを持つと、雄吾はベッドに身を起こし、睦から茶碗を受け取った。
「ちびちび食うのも面倒だ」
 笑みを浮かべて、雄吾がガツガツと食べ始める。
「そんだけ食欲があったら、もう大丈夫だな」
 睦はほっとして、食べ進む雄吾を、目を細めて見守った。
 瞬く間に小鍋は空になり、雄吾が満足の息を吐く。睦は食器を台所に運んで、手早く洗うと、ベッドの脇に戻った。
 雄吾は苦しそうに胃の辺りをさすっている。空の胃袋に一気に食べ物を入れたから当然だ。でも、その顔はどことなく幸せそうだ。
 熱の具合はどうだろう。
 睦は何気なく雄吾の額に額を近づけたが、触れる寸前で動きを止めた。この振る舞いは、友達として、やりすぎな気がする。
 睦の態度に、雄吾の顔が強張る。
 どこまでが友達のラインなのかわからなくて戸惑う睦に、雄吾が頭を下げた。
「ごめん」
「ちょっ……何で、雄吾が謝るんだよ」
「だって、俺が変なこと言ったから」
「でも別に今のはお前が謝ることじゃ……」
「ごめん、睦を困らせるつもりはなかったし、絶対に言わないでおこうと思ってたんだけど、ごめん、何か酔っ払ってた。もう、酔っ払いの戯言と思ってくれたらいいし」
「……戯言なのか?」
「……うん、それでいい」
「それでいいって顔してないじゃないか」
 バンと睦がテーブルを叩く。感情任せの音が雄吾の頭と胸を直撃し、雄吾は顔をしかめた。
「あ、ごめん。頭、痛い?」
 雄吾がこめかみを押さえて、苦しそうに顔を歪ませたので、睦は慌てて顔を覗き込んだ。が、雄吾は見られまいと顔を背ける。
「ったく、どうしろって言うんだよ」
 意識しすぎておかしくなってるのは睦なのに、雄吾は全部自分のせいだと言い張る。
 今まで通りでいようと言ったのだから、何も変わらずにいたい。けれど、自分の無意識の言動が雄吾を苦しめているのなら、関わるのを止めたほうがいいとも思う。
 でも、離れるのもまた雄吾を苦しめるのなら、睦はどうしたらいいのかわからない。
 睦が俯いて黙っていると、雄吾がまた謝った。
「ごめん。睦は悪くない。これは俺の問題だから、睦は俺に気を使わなくていいし、思ったまま言ってくれたらいいよ」
「思ったままって何だよ」
「だから、気持ち悪いとかありえないとか、冗談もいい加減にしろとか、二度と顔を見せるなとか、俺に言いたいこといっぱいあるだろ?そういうの全部言ってくれたらいいから。ほんと、俺、睦が顔も見たくないって言うなら、顔を合わさないように努力するし、睦の荷物だって近いうちに睦の家に運ぶし、俺が今までにプレゼントしたものとか全部捨ててくれたらいいし」

更新日:2010-05-09 17:47:37

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友情が恋に変わるとき(雄吾x睦)