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小説

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 夕闇の迫る街路を、睦はただひたすら自転車で走った。
 どこかに行くつもりはなく、単に雄吾から離れたいだけのことだった。
 男が男を好きになることがあると、頭では理解していた。
 でも、自分は違うと思っていた。
 雄吾が自分を好きだと言ったことは、確かに驚いたけれど、どこか他人事だと感じていた。でも、自分も雄吾が好きだとなると、話が違う。
「だって、俺、初恋は女の子だし、今まで好きになったのは全部女の子だし、男相手にドキドキしたことなんか、ねーもん。なのに何で雄吾なんだよ」
 自転車で疾走しながら呟くが、誰からも答は返ってこない。
 睦は前方から知り合いが来るのに気付き、慌てて自転車のハンドルを切る。繁華街を避け、多くの友達が住んでいる地域を避け、気がつくと、駅の裏にある新興住宅地に入り込んでいた。
 空き地だらけの造成地に、ぽつんぽつんと家が建ち、端の方には五階建てのマンションがある。
 智樹が住んでいるマンションだ。学校まで車で通いたいからと、遠く離れたこのマンションを選んだと言っていた。
 智樹は睦と雄吾のことを気遣ってくれる友人だった。他の奴らがからかっているときも、行き過ぎだと思ったら制止してくれる。理知的で涼しげなアーモンド形の目で、人の表情や態度を観察し、必要なときに必要な言葉を投げかけてくれる。
 そのたびに、頭がいいってこういうことなんだろうな、と睦はうらやましく思っていた。
 それに、頭がいいだけじゃなく、智樹は雄吾と同じ学部で、仲もいい。
 智樹になら、相談できる。笑ったり、茶化したりせずに、ちゃんと話を聞いてくれるだろう。
 睦は小高い丘の上にある智樹のマンションに向かって、自転車を漕いだ。
 智樹の車は駐車場にあった。ジュース一本買うにも車を出さないとならない地域だから、ここに車があるということは家にいるに違いない。
 睦はそう読んで、智樹の部屋のインターホンを鳴らした。
 一度目は応答がなかったが、部屋のカーテンが動いたので、絶対にいるはずだと確信し、何度も鳴らした。
 十回ほど鳴らしたら、とうとう根負けしたのか、薄くドアが開き、ドアチェーン越しに智樹が顔を出した。
「……睦?どうしたの?」
 警戒した表情の智樹の姿を見て、睦は目を瞬かせた。
「どうしたのって、智樹こそ……」
 髪はくしゃくしゃ、慌てて着たのかシャツのボタンはかけちがっていて、シャツの裾もズボンからだらしなくはみ出ている。おしゃれのために着崩すことすらしない智樹のこの姿は、どういうことだろう。
 最初に浮かんだのは彼女が来ている、ということだった。が、ちらっと見えた玄関には絶対に智樹が履きそうにない大きな革靴が置かれている。
 睦が革靴に目を奪われたのを見て取った智樹は、バツの悪そうな顔で言った。
「悪い、けど……今、客が来てて……」
「おりょ、睦くんだ。また会うとは奇遇だねぇ」
 睦を追い返そうとする智樹の後ろから、渡部がひょこっと顔を出した。智樹の影になって全身は見えなかったけれど、少なくとも上半身は裸だ。
 どういうことかと目を瞠る睦と、渡部を睨みつける智樹の顔を交互に見て、渡部はへらっと笑った。
「ま、入ってもらったら?睦くんとゆっくりお話がしたかったし。な?智樹」
「……ちょっと待ってて、睦。今、開けるから」
 一旦ドアが閉まりチェーンを外す音がして、ようやく睦は智樹の部屋に招きいれられた。
 智樹の部屋はファミリー向けのマンションで、一人で暮らすには贅沢な造りだった。
 キッチンと続きの部屋はリビングに使っているらしく、ソファとテーブルが置かれていたが、ソファの肘掛にも背にも服がひっかかっていた。 
 先に立って部屋に入った智樹は、バタバタと動き回り、ソファの周りに散らばっている服をかき集めると、奥の部屋に放り込んだ。乱暴にドアを閉めると、ようやく睦に向き直り、ぎこちなく微笑む。
「ごめんね、落ち着かなくて。えっと、コーヒーでいい?」
 睦が頷くと、智樹は彼らしくない慌しさで、コーヒーメーカーをセットした。
「俺こそ、何か悪いときに来たみたいで……」
 ソファに座った睦がぼそぼそと言うと、キッチンカウンターにもたれて煙草に火をつけた渡部が、紫煙とともに吐き出した。
「ほんと、最悪のタイミング。せっかくこれからだったのに」
「渡部先生!」
「プライベートで先生はやめてよ、智樹。さっきみたいに名前で呼んで欲しいな」
 これは一体、どういう関係なんだろう?頭に疑問符をたくさんつけて、睦が二人を凝視していると、渡部はにやっと笑い、まだ長い煙草を捻り消した。
 ぶらぶらと歩いてきて目の前のソファに座ると、にやけた顔で睦の顔を見る。居心地の悪さを感じ、睦は俯いた。

更新日:2010-05-09 18:09:13

友情が恋に変わるとき(雄吾x睦)