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序章 4


 ───ポロン……ポロ……ン───

 竪琴の音が響いている。弾いているのは少年ではなく、細身で長身の男だ。顔立ちは美しく整っていて、長い銀色の髪が、それをいっそう際立たせている。
 すこしもの悲しい曲調があたりにひびく。
 男からすこし離れたところに、あの少年が倒れていた。

「う……ん……」
 少年に意識が戻る。
(明るい───?)
 そう思って身を起こす。そのひょうしに少年の瞳から涙がこぼれた。
 しかし、涙の理由を少年は知らない。少年は不思議に思いながら、あたりを見回した。
(ここはいったい……僕がいたのは、たしか……まっくらなところで───)
 ひとつひとつ、思い返してみる。そして気づいた。少年の腕に、竪琴はなかった。
(探さなきゃ……)
 少年は立ち上がる。頭の芯に痛みを感じた。少年の耳に、だれかの歌声が聞こえた。
そして、自分がよく聞きなれた音も。
 ポロ……ン
(誰……?)


 月を夢見るしろうさぎ
 届かぬ思いをだいたまま
 いつまで月を見上げるのか……
 自分の記憶を信じて
 ただ遠い月を……みつめて……


(あの……ひと)
 少年は男のことを見つめた。音も、声も、間違いなくその男から発せられていた。
少年は男に駆け寄り、後ろからその腕をつかむ。
 次の節を奏でようとしていた男は、ゆっくりと振り返った。長い銀髪がゆれた。
男の腕にあったものは……。
「僕の……竪琴」
 まだ余韻を残しているその竪琴は、確かに少年がもっていたものと同じだった。男は少年を見つめた。
「……これは、きみのものか?」
 少年はうなずいた。男はふっとわらって、少年に問いかけた。
「証拠……は?」
「え……」
「これがきみのものだと証明でき……」
「その音が、証拠です! 僕はその竪琴の音をききちがえたりしない。その音は確かに!」
 少年は男が言い終わらないうちに、一気にまくしたてた。しかし、男には少しの動揺も見られない。薄く笑って、男は言った。
「……まるで、以前からずっと、自分が持っていたかのような言い方だな……」
(冷たい、目───)
 少年は拳をぎゅっと握る。
「……そうです。僕はいつだって、その竪琴と共にあった」
 男は少年を見下すように、嘲笑した。
「……過去もないのに、よくも言えたものだな」
「……なんの、ことですか……」
「きみは、自分の名前すら、名乗れないということだ」
「どういう事ですかっ!!」
 少年はすこし腹をたてて、怒鳴った。けれど男は涼しい顔のままで、言う。
「名乗れるとでもいうのか……?」
「……名前ぐらいっ……僕は───」
 そこまで言って、少年は言葉を失った。深い沈黙が降りた。
「───僕の……名前……僕は……」
 呆然とする少年をよそに、男は竪琴をかき鳴らす。その音を聞いた少年は、いてもたってもいられなくなった。
 少年のなかで何かがはじけた。
「それでも、それは僕のものだ! 返して!!」
 少年は男の目をまっすぐに見て、強く言い放った。男はその様子を、言葉もなく見つめていた。
「お願いです、お願いします! 僕は……それだけでも守らなきゃ!!」
 少年は男の服をつかんで言った。それは叫びに近かった。涙で声がかすれる。
「おねがい……」
 少年の瞳から涙がこぼれた。止めようとしても止まらない涙。
 何が悲しいのか、わけもわからずに、少年は男を見つめながら泣いた。

更新日:2010-05-07 18:50:06

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