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第一章 2


 ……ここはどこだろう。どこかの家……だよね。そしてここは、ふとんの中……だと思う。窓がある。大きい窓……木が見える。枝しか見えないから、きっとここは家の、二階か三階なんだろうな。それにしても、ここは、どこなんだろう……。
 なんだか……頭が痛い。ずきずきしてる。
 僕は、どうしてしまったんだろう……

「気がついたか?」
 だれ……だろ……。
「いきなり気を失ったと思ったら、ひどい熱だもんな。大丈夫?」
 ああ、このひと、さっき僕をたすけてくれた……。

 そう思ったとき、僕の目からは涙があふれだしていた。どうしてなのか、わからない。
 ……おかしいな……理由も無いのに……泣くなんて。
「どうした? やっぱりどっか痛いのか?」
「……あ……の」
 僕は涙を振り払う。そしてお礼を言おうとして口を開いたけれど、言葉が出てこなかった。僕を助けてくれたひとが、僕のことを見て、にっこりと微笑んだ。つられて僕も笑顔になる。
「大丈夫……みたいだな」
「……あの……ありがとう」
「いいって。トーゼンのことをしたまで……ってね」

 このひと、すごくいいひとなんだな……僕みたいな見ず知らずの人間を、こんなふうに受け入れられるなんて……彼にとって、ぼくは他所者でしかないのに。
「俺は、シフィルっていう。シフィル・サ=トラ・ローディア。 “シフ” って呼んでくれればいいよ。……で、あんたは?」
 話が僕のほうにふられて、ドキッとする。僕はしどろもどろになって答えた。
「……あ……タキ。タキって……いいます。あの……よろしく……」
「───ッハハハッ! おっもしれーヤツぅっ」
 ……うけてしまった。なんでだろう。しばらくの間シフは大声で笑っていた。
「こっちこそ、よろしくな。仲良くしよーぜっ」

 そう言ってほんの少しの間、シフは黙ってしまった。僕はシフが次にするかもしれない質問の答えを、心の中で探していた。 『どこから来たのか』 とか 『ここにきた理由』 とか……そういうのには正直に答えればいいと思っていた。僕には記憶が無い……って。だけど……もし聞かれてしまったら───髪のこと───きっと答えられない。

「なあ、タキ、その髪……」
 やっぱり聞かれた。どうしよう。いろんなことを聞かれたり、言われたりするんだろうな。僕がそうやって、沈んだ気持ちになっていたら、シフが続けた言葉は、僕の想像していたものとはまったく違っていた。
「その髪、すっげえ綺麗な」
「……えっ?」
 シフはにっこり笑っていた。
「さわってもいい?」
「え……うん」
 ベッドの上で、仰向けに転がっている僕の髪に、シフがそっと、触れた。
 指……長いな。すこし、ごつごつしてる。大きい手……大人みたいな手。
「やぁらかいのな、あんたの髪」
「……そうかな」
「そうっ! 俺なんかさー、毛先とかけっこう痛んでてダメ。いいよなー、ホント綺麗で。男がこういうことにこだわるもんじゃないって思うけど、けっこう気になるんだよな。ばっさばさになっちゃうとさ」
 シフが自分の毛先を見ながら、そう言って、明るく笑う。

 ……それにしても、この髪が…… 『綺麗』?
「……うそ」
「───? 自分で思わないか?」
 うそ……だって、こんな髪……!!
「でも、こんなの、普通じゃないしっ、だって、見てて気持ちのいい物じゃないしっ! ヘンだよ! 絶対っ」
 僕は身を起こして、自分が何を言っているのか、わからないくらい、舞い上がってしまっていた。
 そんな僕のことを、シフは不思議そうに見つめる。
「なんで? 綺麗じゃん」
「……こんなの、全然キレイじゃないよ……シフの方がよっぽど綺麗」
「……そうか? 俺さ、実はこの髪、けっこう気に入ってて、密かに自慢なんだぜ。でもあんたには負けた」
「……ウソだ」
「嘘なんかついてどうするんだよ。意味ねぇし。嘘じゃないよ。なんていうか───海───あ、それより空だな。空の色をうつしたって感じでさ」
 シフは僕の目をまっすぐに見て、そう言った。本当のことを言っているように思えた。
 ……今まで、この髪のせいで……いろいろ嫌な思いをしていたのに……こんなふうに言ってくれたひとは……。
 僕はそう思って、ハッとした。なに? 『今まで』 って……。
 耳鳴り……ひどい……


    『おまえ、その髪、恥ずかしいと思うか?』


 耳鳴りの中で、誰かがそう言ったように、聴こえた気がした。



更新日:2010-05-13 12:17:38

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