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中学生の頃のことだ。
命が風邪を引いて欠席したことがあった。
その日の休み時間、私はクラスメイトのこんなやりとりを偶然に耳にした。
「あれ? あの席空いてる」
「ほんとだ。あの机って余ってんのかな?」
「ラッキー! 私の机ってなんか座りが悪くってがたがたしてるんだよね。あれと代えちゃおっと」
そう言って命の席に意気揚々と向かっていくそのクラスメイトを私は慌てて制止した。
「そ、それ白石さんの席じゃない!」
「え? 白石? そんな人いたっけ?」
「い、いるよお! 眼鏡かけて三つ編みの……」
「あ~! いたいた! あの子、転校したの?」
「してないしてない! 今日はたまたま風邪で休んでるだけ!」
「ふ~ん。そういえば、井上さん……だっけ。あなたあの子と仲いいんだよねえ」
値踏みするように私のことを見るクラスメイト。
「なに?」
その態度がやけに勘に触った私は、ちょっと強い口調でそう言ってやった。
「別に~」
その言葉を残して、クラスメイトは元いた席に戻っていった。

あの出来事で私は“命のクラスでの位置付け”というものをなんとなく理解したのだった。
それにしてもひどいと思う。
命は確かに引っ込み思案で人付き合いが上手いほうではないと思うけれど、『いたっけ?』はあんまりだ。
思い出すとむかむかしてくる。
みんなは命がどれだけいい子なのか知らなすぎる。
友達の私が言うのだから間違いない。
しかし、その命はいまだに私のことを“井上さん”と呼ぶことがあるのだ。
私はそのたびに『そんな堅苦しい呼び方やめようよー! 私たち何年友達やってるのよ!』などと明るく言い、命はそんな私に困ったような慌てたような表情で『ごめんごめん』と弁解するのが常だ。
もしかすると、命は私にもまだ距離を置いているのかもしれない。
私はそれがすこし寂しい。
寂しいといえばこちらも……。
「あ、ねえ、銀太。今日のお昼、命と私と三人で食べようよ」
「え? ご、ごめんな。今日は賢治と宗助と食べる約束してっから」
「そっか……。も、もう! こんなかわいい女の子たちが一緒にご飯食べようって誘ってるのに、銀太は甲斐性なしねえ!」
「う、うるせー! 白石さんはかわいいけどお前はかわいくねーよ!」
「よく言うわねえ。ふふふ。幼稚園の頃は『ほのかは俺のお嫁さんになれ』とか言ってたくせにい」
ぐいぐいと肘でわき腹を突っついてやる。
「ぐわっ! 出たな! ほのかお得意の恥ずかしい昔話! じゃあ俺も言ってやる! 『ほのかは銀ちゃんのお嫁さんになったら、赤ちゃんが三人ほしい』て言ってたのはどこの誰だあ?」
「きゃー! なんて恥ずかしいこと覚えてんのよ! このエロ銀太っ!」
「うわっ! なんか言った俺まで恥ずかしくなってきたあ!」
笑い合う私たち。
……はい、そうです。
私はこのバカな幼馴染に恋をしています。
それも幼稚園の頃からずっと。
小さい頃はいつも二人一緒だった私と銀太。
それでも学年が大きくなるに連れ、私たちの間の距離が少しずつ開いていっていることは、私だけじゃなく、きっと銀太も気づいてる。
それが普通の、当たり前のことだと自分に言い聞かせている私。
それでもたまにどうしようもなく寂しい気持ちになる私。
「うわー! 自爆したー!」
頭を抱えて悶絶している銀太の傍らで、私は心に刺さった小さな棘をいつまでも抜けずにいた。


更新日:2010-10-03 21:00:26

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