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第六章 夏のはじまり 僕らのはじまり

西暦2010年。7月下旬。大取探偵事務所。

「……そうだな。俺たちもそろそろ頃合かと話していたところだ。……明日か? ああ、構わない。時間は? ……わかった。じゃあな」
 紺碧の瞳、高い鼻、引き締まった口元。ブラインドの前でパチンと小気味よい音を立てて携帯電話を折り畳んだのは、そんなどこか日本人離れした顔立ちの男だった。
「明日の午後、ここに来るそうだ」
 細く差し込む陽光を背にした彼の立ち姿は、その端整な風貌と相まってまさに“色男”のそれである。180センチは優にあろうかというほっそりとした長身にも、首のちょうど中間辺りまである緩くパーマのかかったアッシュグレーの髪にも、身に着けている白い長袖のワイシャツや破けたジーンズや縁のない眼鏡といったシンプルな衣装にさえも、およそ非の打ち所というものが見当たらない。
「ンフフフフフ」
 男が声をかけた先には一人の女の姿が。革張りの豪華な安楽椅子に脚を組んで浅く腰掛け、マホガニーの高級机に頬杖を突いている。
「ようやく子猫ちゃんたちとご対面ね」
 謳うように言う彼女の容姿は、あまりに整いすぎており、逆にグロテスクですらある。
 切れ長で吊り目がちの蟲惑的な瞳、スッと筋の通った上品な鼻、真っ赤なルージュを引いた薄く濃艶な唇。手入れの行き届いたしなやかなブラウンの髪は後頭部の上方で団子状に結い上げられ、前髪からサイドは左右対称に分かれて美々しい輪郭を縁取る形で流れている。背丈は後方に佇立する色男と同じくらいであろうか。いわゆる八頭身というやつだ。肌色も目を見張るほどに白い。そして、その完璧な肢体を飾るのは、大胆なスリットの入った藍色のロングドレスと黒いピンヒールサンダルで、首元には大層値の張りそうなサファイアのネックレスが輝いている。
 ……その風姿はもはや美人などという言葉では形容のできない、ある種の悪魔的な魅力を醸し出していた。
「子猫、か。あんなとんでもないやつらとやり合ってるのにか?」
 男が肩をすくめた。
「そうねえ…………じゃあ、虎かしら」
 女はさも嬉しそうに笑う。
「それでも虎止まりか」
「ンフフフフフ。渚、ちょっかい出しちゃだめよ?」
「馬鹿言え。犯罪だ」
「法律で取り締まられないのならちょっかいを出すのね?」
「ふん! 俺はもうそういうのには疲れたんだよ」
「飽きたんじゃなくて?」
「ああ、そうだ」
「ンフフフ」
 女は艶かしい仕草で脚を組み替えると、
「さあて、どんな話が飛び出すのかしらねえ」
 微かに双眸を細めた。


西暦2010年。7月下旬。A市内赤城町周辺。

「能登! あんたもっとそっちに寄りなよ!」
「無茶を言わないでいただけます!? こっちはもう限界ですわ!」
「いたたたた! 要さん! 肘! 肘がほっぺに!」
「……暑い」
 進行方向に向かって右端、運転席の後ろに座るのは“クールな大和撫子”こと中原沙夜子ちゃん。その隣が“姉御”後藤要さん。さらにその隣が私、井上ほのか。そして一番左側、助手席の後ろに“お嬢様”能登凛さん。
「うわあ……いいなあ……僕も後ろがよかったなあ……」
 助手席から指を咥えて物欲しそうな顔でこっちを覗き込んでいるのは、“歩く猥褻物”……もとい、エッチな藤原道夫部長。
「みんなごめんね。もうすぐ着くから我慢してね」
 運転席でハンドルを握るのは、放送部顧問の“美人化学教師”金田千夏先生。
 今現在、私たち桃ノ葉学園放送部の面々は、金田先生の自家用車に乗ってとある場所に向かっている。
 事の起こりは昨日の放課後にまで遡る。
 翌日に前期の終業式を控え、すでに九割方夏休みモードになって部室でだらけていた私たちの元を金田先生が訪れ、こう言った。
「明日、大取さんの事務所にみんなで行きましょう」
 ほんわかとした笑顔を浮かべる先生の前で、私たち生徒一同はつい間抜け顔になってしまった。
 そんな私たちの中で一番最初に我に返ったのは藤原部長だった。
「ぼ、僕らもそろそろ大取さんたちに直接会って、いろいろと情報交換したいと思っていたんですよ」
 そして、今日。終業式を終えた私たちは部室で昼食をとった後、こうして金田先生の車に乗り合わせ、大取さんの事務所があるというここ赤城町までやって来たのだった。
「あのう……先生……これって乗車定員オーバーで違法なのでは……?」
「う、う~ん、そうねえ。ちょっと不味いかもしれないわねえ」
 藤原部長が恐る恐る問いかけると、金田先生はばつが悪そうに苦笑した。


更新日:2011-08-19 22:02:41

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